花言葉は、愛言葉?
一方通行の愛なのよ。
と彼女は、ため息をついた。
学生や家族でにぎわう、休日のカフェテリアの一番奥の席で、二人は話していた。話していたというよりは、一人が一方的に愚痴を言っていただけなのだが。先ほどからはあああと頬に手を当てて、どんどん黄昏ていく友人を前に、小枝子はとりあえず事情を聞くことにした。
「一方通行って?片思いってこと?」
「そうだったら、付き合ってないでしょ」
でも、案外適当に返事してて、私のことなんとも思ってないのかも・・・。由紀は、さらにずーんと落ち込んだ。小枝子が慌てて口を開く。
「ほ、ほら!今までに『好き』って言われたこと、一回くらいはあるでしょ?!」
ますます、ずずーんと頭を下げる由紀。心なしか、目の端に涙がにじんで見える。小枝子は、これ以上は失敗できまいと、拳を握り締めて問いかけた。
「い、今までに、ぷぷプレゼントとか・・・」
じんわりと汗がにじんできた。どうして友人の恋のお悩み相談で、手に汗を握らなきゃならんのだ。し、心臓に悪い。でも、親友だし。こらえろ自分!
「プレゼントねえ・・・」
ごくり。
「そうねえ。一応あるわよ」
よよよよかったああ。これでダメだったら、由紀を慰める術を自分は持ち合わせていない。小枝子は、そっと胸をなでおろした。
「なんだあ!きっと彼が口下手で、恥ずかしがりやなだけよ!」
他の客になんだなんだと注目されるのにも構わず、小枝子はばしばしと由紀の肩をたたいた。
しかし、
「付き合って二年半。ちょうど六日前にはじめてもらったんだけどね・・・」
ぽそりとつぶやかれた言葉に、小枝子がびしいっとかたまる。彼氏くん、そりゃあちょっとひどすぎじゃない?由紀が今まで彼氏のことを話したがらなかった理由が、ちょっと分かってしまった。
「で、でも!今日は、由紀の誕生日でしょ?えーと、西村くんだっけ?その彼氏くん、今日に合わせてくれたんじゃない?」
確か彼は大手企業の営業マンだったはず。忙しい中でちゃんとプレゼントを贈ってきたんだから、まあ褒めてつかわそう。今までの愚行はおいといて。
「でも、今日はプレゼントきてないわ。おくるなら、昨日とか一昨日じゃなく今日でしょ今日!しかも・・・」
「しかも?」
「送ってくるものが、変なのよう!」
わあああん、と由紀はテーブルに突っ伏した。
一週間前から毎朝届くのは、花なのだと由紀は嘆いた。
「どこが変なの?めちゃくちゃ気が利いてるじゃない」
小枝子がけげんそうに尋ねる。尋ねたあと、注文していたカフェラテをごくっと飲んだ。
「違うの!花はいいのよ花は。そうじゃなくて、花の種類が変なの」
まだ熱かったと、猫舌の小枝子はこっそり思った。やけどしちゃったわ。最悪。
「種類?種類って、別に花なら何でもよくない?」
男なんだし、美的感覚がずれてるとか、というと、すかさず由紀が反論してきた。
「そうゆうことじゃないのよ!」
「じゃあ、どういうこと?」
「花言葉が変なのう!」
由紀は半泣きで、奇妙な「贈り物」について話し始めた。
最初にそれに気がついたのは、六日前の朝だった。仕事に出るためにアパートから出て、郵便受けをのぞいた由紀は、いつもとは違う届け物に目をぱちくりさせた。
「なにこれ?」
取り出してみると、それは花だった。小さな白い花がたくさん咲いていて、とても可愛らしい。しおれないように茎の先は湿ったガーゼで包んであり、きれいにラッピングされていた。しかし、そんなものが自分に届く理由が見当たらなかったので、由紀はその花のラッピングをがさがさと開いてみた。そこにあったのは、
「真?!」
花の届け主の欄には、現在出張中の彼の名があった。
(ど、どういう風の吹き回しかしら・・・?)
今まで、真がプレゼントをくれたことなどなかった。そういうことが苦手な彼の性格は分かっていたし、忙しい彼に無理強いする理由がなかった。
「ん?」
郵便受けの前でうーんと悩んでいた由紀は、ふと白い花の間に何かを見つけた。
「・・・カード?」
ぺらり、とめくると「花言葉」と書いてあった。これはもしかして、
(花言葉にナニかステキな意味が?!)
珍しくドキドキしてしまう。真ったら、意外にやるじゃない!
「って会社!」
腕時計を見て、仰天した由紀は慌てて走り出した。その胸に、白い花を抱えながら。
昼休み。弁当をかきこみ、由紀は早速パソコンを開いた。
(この花の名前は・・・っと)
花の名前は、ノコギリソウ。花言葉は何か、と調べてみると。
「それで、一体なんだったの?」
聞いているこっちまでドキドキしてきてしまうような話の先を、小枝子は促した。なによ、全然素敵な話じゃない。
ルンルンとしている小枝子を横目に、由紀は深海2千㍍より深いふかーいため息をついた。六日前は、自分もああだったのだ。でも、夢なんて所詮は儚いもの。ノコギリソウの花言葉、それは、
「『勇敢』だったわ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「勇敢」?その言葉は、どう頭をひねっても、愛しの彼女に送る言葉ではないような気がした。そんな小枝子を見て、由紀は悟ったようにふっと笑った。
「勇敢・・・。そう、私と付き合うのは常に戦いの中に身をおくようなつらいものだったということね。そして、戦い終えた自分を『勇敢』と褒め称えているのね・・・」
もうやけくそで拍手でもしてあげようかしら・・・。そう言って本当にぱちぱちと手をたたき始めた由紀に、小枝子は目を白黒させた。
「はい?」
突拍子もない考えと行動に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。なんだそれは。無理やりにもほどがある。しかし、由紀は首を振った。
「私だって、六日前は、そんなこと考えてなかったわ。でもね、そのあとの花言葉を知ったら・・・」
もう、そう考えるしかないじゃないの・・・。
一口も飲まれていない由紀のカフェオレが、悲しそうに湯気を立てていた。
二日目に届いたのは、ヘリクリサムという花だった。しかし、
「花言葉は、『記憶』。私との恋は、真にとっては記憶になってしまったのね・・・」
「ね、ネガティブシンキング・・・。思い出を大切にしたいって意味かもよ?!」
ふっと由紀が笑えば、外で風がひゅうっと吹いた。さ、寒い。おかしい。今はまだ九月のはず・・・。
「三日目のを聞けば、前向きになんてなれないわよ・・・」
三日目に郵便受けに入っていたのは、秋名菊だった。
「花言葉は、『あせていく愛』」
これで、「前向きにいこう!」とかいう奴は、地獄に落ちればいいんだわ。悲しみを乗り越えて、悟りの境地に入ってしまった由紀はそうつぶやいた。
(こ、これは・・・)
もう、どうしようもないというか・・・・フォローしようがないというか・・。もう「さいなら。君のこと、もう好きじゃないんだ」と言われているとしか・・・。
「で、でもあきらめちゃ駄目よ!」
自分でも、どこをどうあきらめなければいいのか分からないままに、小枝子は拳をぐっと握り締めた。そう言いながら、だらだらと汗を流す友人を、由紀は冷めた目で見つめた。そして、風前の灯となっている彼女の最後の希望を打ち砕きにかかった。
「四日目は、トウワタ。花言葉は、『行かせてください。心変わり』。ええ。もう終わった、と思ったわ。ああ、こんなに好きなのに・・・。儚い恋だったわ・・・・」
「うっ!」
「五日目は、オシロイバナ。『信じられない恋』。ふっ。私って、信じてもらえてなかったのね・・・」
「ぐっ!」
「そして昨日は、キンギョソウ。これが一番ショックだったかも・・・。花言葉は、『でしゃっぱり』よ」
別れ際に私の短所いうとかねえ・・・。そんなつもりなかったけど。そこに気づいてれば、私たちの恋はつづいてたのかしら・・・。
黄昏どころか、真っ暗闇にどっぷりつかった友人に、小枝子は口元を引きつらせた。
(も、もう、どうしようもないかも!)
間を保つために、小枝子は残りのカフェラテを飲み干した。あ、あらー。もうカフェオレがないわ。五割減量サービスでもやってんのかしら!おほほ。やだ、のどがからからだわ。だ、誰か水!ていうか、別れるの?!この調子だと、確実に破局よ。恋のお悩み相談って、そっちかい!
「もう別れたほうがいいわよね・・・。せめて、私からふらせてくれないと。悲しくってやってられないわ・・・」
「・・・・・・・」
小枝子は、もう何も言えなかった。
「勇敢」「記憶」「あせていく愛」・・・。三拍子どころか六拍子もそろっている・・・。これだけそろってしまったら・・・。
(ん?)
そこまで考えて、小枝子はある(・・)こと(・・)に気がついた。急いで、テーブルの横においてあった紙をむしりとり、ペンを取り出した。さらさらと、何かを書き込んでいく。由紀は、そんな小枝子を不思議そうに見つめた。
「何やってんの?」
しかし、ぴしゃりと「黙ってて!」と返されてしまう。しゅーんとして、おとなしくしていると、小枝子が「やっぱり!」と大声を上げた。
「ど、どしたの?」
ふふふふ。にやにやと笑う小枝子に、由紀は若干体を引く。それをさえぎるように、小枝子が由紀の肩をがしいっとつかんだ。
「ひっ!」
「『ひっ』て何ヨ。って、じゃなかった、そんなことより!」
これ見て、これ!と小枝子は、文字が書き込まれた紙を由紀の目の前に差し出した。そこには、先ほど由紀が述べた花言葉がひらがなで並んでいる。さらには、一番先頭の文字が丸で囲んであった。
「な・・・」
なに?と聞こうとして、寸前で由紀は言葉を飲み込んだ。それぞれの花言葉の頭文字。届いた順に読むと・・・。
「あ・・・」
空はもうすっかり藍色に染まっている。ぽつぽつとつきはじめた明かりが、夜の訪れを告げている。そんな中へ、由紀は飛び出した。
「おーい。お金、今度返してよー」
きっちり割り勘の約束をしながら、小枝子はにやにやと笑った。ああ、もう。笑いが止まらないじゃない。ほーら、言ったとおり。あきらめなくてよかった。
「案外・・・」
一方通行じゃないかもよ。
ひらひらと舞い落ちる白い紙には、「ゆき、あいして」とピンクのインクで書かれていた。
あとは、「る」があれば、もう完全無敵の愛になる。
ばたばたばた。由紀は、階段を駆け上がった。
(なんなのよ。なんなのよ!)
言うなら、口で言えっての!ていうか、気づかないわよ、あんなの!帰ったら、メール・・・電話して、何が何でも会う約束取り付けるんだから。明日には、帰ってくるって言ってたし。
がちゃり、と鍵を開ける音がする。リビングのドアを開ければ、そこには今まで送られてきた花たちが飾られている。花言葉がどんなんだって、好きな人からもらったものは、宝物。真からの贈り物は、全部全部大事なの。
あせったせいか、携帯が手から滑り落ちる。じれったく思いながら、急いで床に手を伸ばした。しかし、携帯に指先が触れたとたん玄関でベルが鳴った。
(誰なのよ、こんな時に!こっちは一世一代の電話をかけるとこなのに!)
いらいらしながら、玄関に向かう。先ほど自分が入ってきたばかりのドアを、もう一度がちゃりと開けた。
最初に目に入ってきたのは、赤だった。真っ赤な真っ赤なバラの花。確か花言葉は、「愛」だったはず。由紀は、ふとそんなことを思い出した。その後ろから顔を出したのは、
「・・・・真・・・?」
「・・・よ」
携帯を持つ手が震えた。なんで?なんで、ここにいるの?帰ってくるのは、明日のはずじゃ・・・。
「・・なんで・・・いるの・・・?」
言い方がかわいくないとか、そんなこと気にしてられない。まさか、あのメッセージは「愛してない」だとか、ただの偶然だとか言わないでよね。由紀は、急に不安に襲われた。そんな由紀の様子を不審に思ったようだが、真は大して気にもせず口を開いた。
「これ、渡しに来た」
なんでもないことのように差し出されたのは、小さな箱。ぱかりとあければ、そこにも真っ赤なものがあった。真っ赤な真っ赤な、
「『る』だ・・・」
そこにあったのは、赤く輝くルビーの指輪だった。小さなルビーが、玄関からもれる光を受けて、きらきらと暗闇の中で輝く。きれい・・・、と思った後、由紀は、花言葉のメッセージが完成したことに気がついた。真に一言物申そうと、ぐるんと顔をあげる。そこにあったのは、何となく、いつもよりまじめに見える真の顔。でも、地が真面目だから、気のせいかもしれない。心なしか、顔も赤い気が・・・?
(まあ、ルビーの光が当たってるんでしょ)
由紀は変な理屈で、その疑問を片付けた。自分には、そんなことより言わなくちゃならないことがあるのだ。自分の口でちゃんと言いなさいってことと、それからそれから、「ありがとう」と「大好き」をたくさん。
すう、と息を吸って、吐き出して。
「由紀、これの意味わかってんのか?」
その言葉に、由紀は息を止めた。は?意味・・・?これの?
百本とは言わないけど、そこそこの数でできたバラの花束と、箱に入ったルビーの指輪。何の意味が?ぐるぐると考えをめぐらせる由紀に、真はため息をついた。そして、笑ってこう言った。
「結婚しよう」
不意打ちの連続に、由紀は頭が真っ白になった。
`I love you`は愛の言葉。
ずっと一緒の愛言葉。
前サイトで好評だったため載せてみました。古い作品のため作風が違う…。珍しく下調べをしてから描いた作品です。今じゃ書けないなあ…。