バレンタイン☆パニック
前回投稿した「エレベーター☆マジック」の続編となっております。前回同様少女漫画仕様となっておりますのでご注意ください。
二月十四日。
それは、恋する女の子にとって勝負の日である。
朝っぱらからそんなことを考えつつ、私は桜坂高校の玄関横にあるロッカーの前で一人ひたすら悩んでいた。
バレンタインのチョコって、やっぱりバレンタイン当日に渡さなくちゃ意味がないよねぇ。
でもって、渡すならこのロッカーに入れちゃうのが一番妥当な感じだよなぁ。
でもなぁ。
なんでわざわざロッカー? って思われそうだし。
かといって直接渡すとか、そういうのかなり無理っぽいし……。
あーっ!!! もうっ。どうすればいいのよーっ!!!
「……桜? 何をうろうろしてんの」
自分のクラスのロッカーが並んでいる前をうろうろうろうろと動物園のクマ状態で歩き回っていた私の耳に、低音で良く通る声が聞こえてくる。
「あ。園ちゃん、おはよー。いや、ちょっと……ね」
振り返ると、そこにはクラスメイトの園ちゃんこと園田今日子ちゃんが呆れた顔で私を見ている。
ん? 園ちゃん?
園ちゃんといえば、橘くん?
ってことは……!!!
「園ちゃんってね。橘くんにどういうふうにチョコレート渡す?」
「チョコレート?」
周りに人がいないのを確認してから、私は園ちゃんに声を潜めて聞いてみる。
だって、園ちゃんと橘くんといえばクラスでも公認の「つきあっていない」幼なじみカップルなんだから、絶対にチョコ、渡すよね?
しかも、私と同じ「幼なじみ」っていう条件だし、これは参考になっちゃうんじゃないの?!
「そっ……そんなもん、なんであたしが徹平に渡さなきゃなんないのよ?」
「え? 園ちゃん、橘くんにチョコ渡さないの?!」
打てば響く勢いで否定された私は、思わずがくっと肩を落とす。
ちょっとちょっと?! なんでよぉっ!
「えぇー? ほんとに渡さないのぉ?」
「渡してないわよっ! 渡す理由がないんだからっ」
……なに怒ってんのよ?
私の質問に必要以上に声を大きくして答える園ちゃんの不自然さは気になるけど、渡さないっていうんだったら仕方ないよね。
うーん。どうしようかなぁ。
「……なによ? 桜は向井田くんにチョコあげんの?」
「あ……えーっと、そ、それはどうかなぁー」
園ちゃんが口にした名前に、私は動揺したままごにょごにょと語尾を濁す。
ってか、なんで園ちゃんってば私がチョコを渡すっていったら向井田くんになるのよ?!
あ、ちなみに向井田くんってのは私の隣に住む幼なじみくんの名前。
でも、同じ幼なじみでも園ちゃんと橘くんみたいにクラス公認の幼なじみカップルとは程遠い、微妙な関係なんだけどね。
それにしても……公認カップルの園ちゃんがチョコを渡さないのに、私が微妙な幼なじみの相手にチョコ、渡せるわけないじゃんっ!
あー! ダメだっ。
とりあえずロッカーに入れとけ大作戦はパスってことにしようっ。
「それじゃっ!」
うだうだ考えてそう結論付けた私は、しゅたっと手を挙げて怪訝そうな表情をしている園ちゃんの前から走り去る。
次の策を考えなくちゃ!
……って、考えてみてもイマイチ思いつかないんだよなぁ。
だいたい、幼なじみ相手になんでこんなに緊張しなくちゃなんないんだろ。
んもうっ。バレンタインなんてなかったらこんなに悩むこともないのになぁ。
「あっれぇ? 上條さん大丈夫?」
ブツブツとバレンタインそのものに文句を言いそうになりながら教室に入った私の目の前に、先ほどの園ちゃんの幼なじみとなる橘くんがにっこり微笑んで話しかけてくる。
「何が?」
「なんか、すっごい疲れてる感じだね」
「ま、ね」
疲れるよー。バレンタインってこんなに疲れるものなのー?
はぁぁ、と大きなため息をついてから、私はふと目の前にいる恋愛のエキスパートを見上げる。
園ちゃんには参考意見聞けなかったけど、橘くんならなんか参考になること言ってくれそうだなぁ。
よっし!
「橘くんさぁ。もし幼なじみからバレンタインチョコもらうとしたら、どういうシチュエーションが嬉しい?」
「幼なじみから?」
「うん」
橘くんの言葉にこっくりとうなずきながら、私はぼんやりと考える。
園ちゃんはチョコなんてあげないって言ってたけど、やっぱり橘くんとしては欲しいんだろうなぁ。
ん、まてよ?
ってことはこの質問ってまずかった?
げげっ。
橘くんが園ちゃんからチョコがもらえると勘違いしたらどうしよう!
「別に俺はいつでもどこでも嬉しいけど?」
慌てて前言撤回しようとした私にむかって、橘くんはお得意のにっこりスマイルで嬉しそうに答える。
し、しまったぁ。すっかりもらえる気でいる笑顔じゃんっ。
どどど、どーしよっ。
「今日子サンには朝イチに家の前でもらったし」
さっきの園ちゃんの言葉、伝えたほうが……ん?
サラッと口にした橘くんのセリフに、脳内でジタバタと慌てふためいていた私は思わず目を見開く。
もらった? 朝イチに?
「家の前で?」
「そ」
呆然と聞き返す私に橘くんは満面の笑みで答える。
園ちゃぁんーっ!!! なに嘘ぶっこいてんのよっ! ばっちし渡してんじゃんっ。
って、ちょっと待てよ。園ちゃんの性格からしてそんなにすんなりと橘くんに渡すとは思えないんだよね。
ってことは。
「それって、園ちゃんから?」
「うんにゃ、俺からチョーダイって言ったんだけど?」
……だろうなぁ。
園ちゃん、いいなぁ。
幼なじみの相手が橘くんみたいな人だったら、バレンタインなんていう緊張しまくりな行事もあっさりとスマートにことが運ぶんだろうなぁ。
はぁ、と小さくため息をついて、ふと横をむいた私の目に、見慣れた男子が飛び込んでくる。
もっさりとした真ん中わけした黒髪に、イマドキありえないのび太眼鏡。
自分の席で静かに本を読んでいるその男子は、私の隣に住む微妙な関係の幼なじみ、向井田楓十六歳。
……ヤツが相手だとこの行事もこんなにスマートには運ばないだろうなぁ。絶対に。
「もういいや。橘くん、ありがとね」
難攻不落の砦を見つけたような気分になった私は、がっくりと大きく肩を落として橘くんに小さくお礼を告げる。
「上條さん、なんかわかんないけど頑張ってねー」
そのまま肩を落として自分の席につこうとした私の背中に、心配そうな橘くんの声がかぶさる。
うう。ありがとう。橘くんってほんっとにいい奴だね。
ホームルームが終わってみんなが次々と教室を後にするその後姿をぼんやりと眺めつつ、私は特大のため息と共に机に突っ伏した。
一日中、チラチラと眼鏡男子を横目でチェックしていたけど、チョコを渡すような隙はどこにも見当たらず、私のカバンの中には未だバレンタインチョコがどっしりとその存在感を醸し出している。
ううう。なんかもう早く渡して自由になりたいよー。
「桜ーっ! 早く行かなきゃ遅刻するよー」
机に突っ伏したまま一人こっそりと泣きまねをしていると、教室入り口から同じ部活の友達が大声で私を呼ぶ。
はぁぁ。このままじゃ、結局家に帰ってからわざわざ持っていかなきゃなんなくなっちゃうなぁ。
帰ってすぐとかも変だから、晩御飯終わった頃にお邪魔しておばさんとかに渡すはめになっちゃって、結局「幼なじみの付き合いで渡すバレンタインチョコ」みたいな感じになっちゃいそうだよ。
それじゃぁ意味がないんだって!
何の為に私がここまで悪戦苦闘してるんだって話だよーっ。
やっぱりこれは、直接本人に渡さなきゃだめだ。
「ごめん! 先に行っといてーっ」
ぐぐっとそんな決意をした私は、入り口で待っている部活の友達に向かってそう叫んで、一番後ろの自分の席に座って何かを書いている幼なじみのほうを見る。
教室に残っている人間は、もう数えるほどしかいない。
というか、奴を除いて他の子達は、みんなカバンを手に教室を出るところだ。
浮かれきった足取りで教室を出て行くクラスの女の子たちのはしゃぎ声が小さくなっていくのを確認して、私はぐっと体に力を入れて、自分の席を立つ。
心臓がばくばくいってる。
口の中がカラカラに乾く。
目標は、教室の片隅で静かに机に向かっている幼なじみの向井田楓。
小柄な体に大きな丸い眼鏡。もっさりとした黒髪を真ん中で分けている眼鏡男子は黙々と一人机に向かって何かを書いている。
えーいっ! なるようになれよ!
「む……向井田くんっ」
そんな覚悟を決めた私は、どうにかして声を絞り出す。
ううう。なんで隣に住んでる人間相手にこんなにも緊張しなくちゃなんないのよっ。
そんな文句を心の中で叫びつつ、自分の気持ちをコントロールできない私は緊張の渦の中で幼なじみの名前を呼ぶ。
「上條……さん?」
私の声にビックリしたのか、顔をあげた向井田くんは怪訝そうな様子で私を見上げる。
……ダメだ。くじけそう。
ものっそい表情が拒絶しているように感じるんですが。
橘くんみたいに、女の子は常に誰でもウエルカムな空気を醸し出してくれたらもうちょっと緊張しないと思うんだけどなぁ。
ほんっと、私ってばこいつのどこがいいんだろ?
そんなことを思っていた私は、ふと向井田くんの手元を見て思わず首を傾げる。
そこには、今日の日直が書かなければならない日誌が広げられている。
あ……れ? 向井田くんって今日日直だっけ?
確か今日の日直は――。
「関口くんたちは?」
「え?」
うん。確か今日の日直は関口くんと湊だったはず。なんで向井田くんが放課後残って日誌なんて書いてんのよ。
「ああ」
私の疑問に気づいたのか、向井田くんは納得したように口を一度ひきしめて、興味なさそうに言葉を続ける。
「関口と代わったんだ。用事があるらしいから」
「用事?」
向井田くんの言葉を受けて、そういえば、と思い出す。
たしか、関口くんには先月彼女ができたんだっけ?
で、湊は夏ごろから付き合っている年上の彼氏がいるんだよ。そうそう。
ってことは。
「あー。バレンタインデート、かぁ」
私のその言葉に、向井田くんは肯定も否定もせずにシャーペンを握りなおす。
――バレンタインの日に日直を代わっちゃうんだもんなぁ。
目の前にあるつむじを見下ろして、私は小さく笑う。
そうそう。向井田くんってこういう奴なんだよね。
初夏のエレベーターでの出来事を思い出して、私はほっこりと嬉しくなる。
そっかぁ。
私、向井田くんのこういうところが好きなんだよ。
「んじゃ、コレ」
「?」
嬉しい気持ちでいっぱいになった私は、その幸せな気持ちのままカバンの中でじぃっと出番を待っていた小さなチョコレートを目の前の眼鏡男子に差し出した。
私のなけなしの勇気よ、届けっ!
「何? コレ」
……???
はい? ナンデスト?
嬉しい気分で精一杯の勇気を振り絞った私の気持ちを、目の前のこの眼鏡男子は思いっきり地面に叩きつけましたか?
二月十四日に四角い包みを女子から男子に渡すっていったら、普通それはチョコレートじゃないの?
あれ? もしかしてちゃんと説明しなくちゃダメなの?
「な、何って……チョコレート、だけど」
「俺に?」
……他に誰がいるっていうのよ?
っていうか、とりあえずさっさとこのチョコ、受け取ってよーっ。
ひたすら無言の圧力でぐいぐいとチョコレートを向井田くんに渡そうとするんだけど、無愛想な眼鏡男子は私の精一杯の勇気に全く気づくことなく不審物を見るように私の手の中のものを眺めている。
別に爆弾じゃないんだからさっさともらってよ!
誰かが教室に戻ってきたりしたらどうすんのよーっ。
「あー。バレンタインだから? でも、なんで今更上條さんが俺に義理チョコくれるわけ?」
惜しいっ!
向井田くんの言葉に、私は心の中で思いっきり突っ込む。
バレンタインっていう着眼点はばっちりなんだけど、義理チョコって言うのが間違ってるんだってばっ。
「ぎっ……義理じゃないからっ! じゃ!」
なかなか受け取ってくれない向井田くんの動きに痺れを切らした私は、とりあえず向井田くんが今まで書き込んでいた日誌の上にチョコレートを押し付けて、脱兎のごとく教室を後にした。
教室を出る時に、誰かのイスだか机だかに足が当たった気がするけど気にしない。
痛さとかごめんなさいとかそういうのは全部後にして、私はそのままありえない速さで玄関前まで猛ダッシュをかます。
うがーっ!!!
と、とりあえず渡したよっ。
頑張ったよ私!
あの視線に耐えて、よくぞ渡しきったよ!
朝、自分が動物園のクマ如くうろうろうろうろしていたロッカーの前で、思わず私は床に座り込む。
冷え切ったリノリウムの床が火照った体に心地いい。
気がつけば無意識に止めていた息を思いっきり吸い込んで、私はゆっくりと吐き出す。
ガチガチに緊張していた肺に、冷たい二月の空気が送り込まれる。
と、同時に冷静になる私の脳。
今のって……完全に渡し逃げじゃん。
一応義理じゃないってことだけ伝えたけど……向井田くんがチョコレートをちゃんと受け取ったかどうかも確認してないし!
あんなに緊張して直接渡したのに……もしかして意味なし?
「あー。もうちょっとどうにか言えなかったのかなぁ。うう。私の馬鹿」
誰もいない玄関前の廊下で、一人小さくそう呟く。
あー。もう一回やり直したりとか……できない、よねぇ?
あのイマイチ理解不能な眼鏡男子は私のこの気持ち、ちゃんとわかってくれてるのかなぁ。
まだ少し震える自分の両手を胸の前でぎゅぅっと握り締めて、私はひたすら教室に残っているであろう眼鏡男子に念じてみる。
どうか、向井田くんが私のこの気持ちをストレートに解釈してくれますように!
間違っても「義理チョコ」のまま思い込んでませんように!
……こんなにも頑張って渡したのに、「義理チョコ」で片付けられた日にゃぁ、私のこの心臓が壊れそうな一日を返せって話よね。
でもそれって、すっごくありえそうで怖いんですけど。
お読み戴きありがとうございました!
女の子にとってバレンタインは特別なんだーということを描きたかったのですが、いかがでしょうか?
面白かったら是非一言コメントをいただけると幸いです。