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断罪のアルゴリズム  作者: アルテミス


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第1話:奪われた遺産と裏切り(The Betrayal)

■ 不可視の侵入者


 202X年5月20日。深夜2時。

 東京、市ヶ谷。防衛省、サイバー防衛隊・中央指令室。

 地下深くに位置するその空間は、数千台のサーバーが発する低い唸り音と、強力な冷却システムの空調音に支配されていた。

 巨大なメインモニターには、日本国に対するサイバー攻撃のリアルタイムマップが表示されている。光の点は常に明滅しているが、それらは全てファイアウォールというデジタルな城壁によって弾き返されていた。

 ここは鉄壁のはずだった。

 だが、「侵入」は、警報音ひとつ鳴らさずに始まった。


 当直のオペレーターが、手元のマグカップに口をつけた瞬間だった。

 モニターの端に表示されていた一つのステータスランプが、緑から赤へ、瞬きする間もなく変色した。

「……おい、エリアDのトラフィックがおかしいぞ」

「誤作動だろ? あそこは完全なオフライン(エアギャップ)環境だぞ。外部からアクセスできるわけがない」

 同僚が欠伸を噛み殺しながら答える。

 エリアD。そこは過去に開発が凍結された「危険技術」の墓場だ。物理的にネットワークから切断され、生体認証と物理キーがなければアクセスできないはずの場所。

 だが、画面上の数字は、異常な速度で上昇していた。

 [ DATA TRANSFER: 12TB... 45TB... ]

「馬鹿な……! 転送速度が速すぎる! 内部犯行か!?」

「いや、IDを確認しろ! 『Administrator: K.Endo』……!?」

 オペレーターの声が裏返った。

「遠藤浩司だと? 既に死んだ男のIDが、なぜ今動いている!」


 指令室にアラートが鳴り響く。

 だが、遅かった。

 モニターに表示されていた『Project: VALKYRIE』というフォルダが、プログレスバーの完了と共に消失する。

 盗まれたのは、ただのデータではない。

 かつて天才たちが夢見て開発し、そして「悪夢」として封印した、自律型殺戮兵器の設計図。

 画面には、ハッカーからの置き土産のように、一文だけが表示されていた。

 『遺産は継承される。正しき所有者の元へ』


          *


「……で、そのとんでもないデータが盗まれたってのに、なんで俺たちがドブ板踏んでるんだ?」

 翌日の昼下がり。

 季節外れの湿った風が吹く東京湾岸エリア。

 佐倉悠斗は、履き潰した革靴で水たまりを避けながら、煙草に火をつけた。

 隣を歩く若い男――高木刑事が、苦笑しながらタブレットを操作している。

「仕方ありませんよ、佐倉さん。上層部はパニックです。サイバー犯罪対策課はサーバーのログ解析で手一杯。現場リアルの足取りを追えるのは、捜査一課の僕らくらいですから」

 高木は二十八歳。このデジタル全盛の時代に、佐倉のような「足で稼ぐ捜査」を嫌がらずについてくる、数少ない若手だ。スマートグラス越しの視線は鋭く、正義感に燃えている。


「ログ解析ねぇ……。犯人が律儀にネット回線だけで仕事するわけねえだろ」

 佐倉は紫煙を吐き出した。

「防衛省のオフラインサーバーだぞ。ハッキングするにも、最初は物理的な接触(USBメモリか何か)が必要だったはずだ。そして、盗んだデータを持ち出す時もな」

「物理的な受け渡し、ですね」

「ああ。データってのは軽いが、それを運ぶ人間には重さがある。必ず足跡が残るんだよ」

 佐倉はポケットからガラケーを取り出した。

 ボタンを押すが、画面が反応しない。

「あ? なんだこれ、固まったか?」

 カチカチとボタンを連打する佐倉を見て、高木が吹き出した。

「佐倉さん、それもう寿命ですよ。貸してください」

 高木は佐倉の手からガラケーを取り上げると、慣れた手つきで裏蓋を開け、バッテリーを一度外して再起動させた。

 ピロリ、と起動音が鳴る。

「はい、どうぞ。……いい加減、スマホにしましょうよ。僕が教えますから」

「余計なお世話だ。俺にはこのボタンの感触が必要なんだよ」

 佐倉はぶっきらぼうに礼を言い、端末を受け取った。

 画面の待ち受けは、初期設定のままの無機質なデジタル時計。

「……それに、お前がいりゃ十分だろ。デジタル担当はよ」

 佐倉がニッと笑うと、高木は一瞬だけ表情を曇らせ、それから照れくさそうに頭を掻いた。

「……買いかぶりすぎですよ。僕はただ、佐倉さんの背中を見てるだけです」

「背中なんざ見ても、猫背が伝染るだけだぞ」


 二人は軽口を叩きながら、湾岸の倉庫街へと歩を進めた。

 だが、高木の笑顔の裏に、深い闇があることに、この時の佐倉は気づいていなかった。


■ 錆びついた要塞


 情報の出処は、佐倉が長年付き合いのあるホームレスの「情報屋」だった。

 『最近、第五倉庫のあたりに変な連中が出入りしてる。ドローンみたいなのを飛ばして遊んでるが、音が違うんだ。蜂みてえな、気色の悪い音がする』

 蜂の音。

 それが、盗まれた『ヴァルキュリア』の特徴――群制御ドローンの駆動音であることを、佐倉はまだ知らない。だが、長年の刑事の勘が「黒だ」と告げていた。


 第五倉庫は、再開発から取り残された廃墟だった。

 トタン屋根は錆びつき、窓ガラスは割れている。

 雨が降り始めていた。冷たい雨が、潮の匂いと混じり合う。

「……高木。応援は?」

 倉庫の影に身を潜め、佐倉が小声で問う。

「要請しましたが、到着まで二十分はかかります。湾岸署の管轄境界でもめてるみたいで」

「チッ、役人仕事が。……待ってられねえな」

 佐倉はジャケットの内側から拳銃を取り出し、スライドを引いて装填を確認した。

「中の様子だけ見るぞ。やばそうなら即撤退だ」

「……はい。佐倉さん、気をつけてください」

 高木もまた、自身の拳銃を構えた。


 二人は錆びついた搬入口の隙間から、倉庫内部へと滑り込んだ。

 内部は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。

 だが、その中央には、外見からは想像もつかない光景が広がっていた。

 最新鋭のサーバーラック。軍用規格のコンテナ。そして、作業台の上に整然と並べられた、数百機もの黒い小型ドローン。

 それらは蜘蛛のようにも、蜂のようにも見えた。赤いLEDが呼吸するように明滅している。

「なんだこれ……。数が多すぎる」

 佐倉が息を呑む。

 その時、高木がわざとらしく足元の空き缶を蹴った。

 カラン、カラン……。

 乾いた音が、静かな倉庫内に響き渡る。

「!?」

 佐倉が振り返るより早く、奥のコンテナから数人の男たちが現れた。

 多国籍な風貌。手には自動小銃を持っている。ただのチンピラではない。訓練されたプロのテロリストだ。

「動くな!」

 佐倉は銃を構えた。だが、多勢に無勢だ。十数個の銃口がこちらに向けられている。

「……くそっ、囲まれたか。高木、背中を合わせろ!」

 佐倉は叫んだ。

 しかし、背中に高木の体温を感じることはなかった。

「高木?」

 振り返った先には、冷たい目をした高木が立っていた。

 そして、その手にある拳銃の銃口は、テロリストではなく、佐倉の胸元に向けられていた。


「……え?」

 佐倉の思考が凍りつく。

 冗談か? いや、高木の目は笑っていない。その瞳の奥には、諦めにも似た深い絶望と、歪んだ決意が宿っていた。

「……どうしてここに来てしまったんですか、佐倉さん」

 高木の声は震えていた。

「大人しく、サイバー課の報告を待っていればよかったのに。そうすれば、あなたは死なずに済んだ」

「高木……お前、何を言って」

「時代は変わったんです」

 高木は、自分に言い聞かせるように叫んだ。

「足で稼ぐ? 地道な捜査? そんなもので何が守れましたか! 先月の事件だって、僕らが証拠を集めている間に、被害者は殺されたじゃないですか!」

 高木の目が潤む。彼は、法の無力さに絶望していたのだ。

「彼らの技術ヴァルキュリアなら、犯罪者を瞬時に特定し、物理的に排除できる。裁判も、証拠もいらない。……完全な正義ですよ」

「目を覚ませ! それはただの殺戮だ!」

 佐倉が一歩踏み出す。

「だから魂を売ったのか! そんなもののために!」

「魂なら、とっくにすり減ってなくなりましたよ……」

 カチャリ。

 高木の指がトリガーにかかる。

「ここに見つかった以上、生かしては帰せません。……さようなら、佐倉さん」


■ 冷たい雨と羽音


 銃声が、廃倉庫に轟いた。

 乾いた音。

 それと同時に、佐倉の腹部に焼けるような衝撃が走った。

「がっ……ぁ……!」

 佐倉の体が後ろへ弾き飛ばされ、冷たいコンクリートの床に叩きつけられる。

 視界が揺れる。腹部から、ドクドクと熱いものが溢れ出し、シャツを濡らしていくのが分かった。

 痛みよりも先に、強烈な寒気が襲ってくる。

 高木が、硝煙の漂う銃口を下ろした。

 その表情は、泣き出しそうなほど歪んでいたが、もう迷いはなかった。


 奥から、白衣を着た男が歩み出てきた。

 九条戒――コードネーム『プロフェッサー』。

 彼は倒れた佐倉を見下ろし、嘲るように拍手をした。

「美しい決別だ。旧時代の番犬が、飼い犬に噛み殺される。……これこそが進化の縮図だよ」

 九条は高木の肩に手を置いた。

「行こう、高木君。ここが見つかった以上、長居は無用だ。プランBへ移行する」

「……はい」

 高木は一度だけ佐倉の方を見たが、もう言葉はなかった。

 テロリストたちが撤収を始める。機材が運び出され、ドローンたちがコンテナに収納されていく。


 佐倉は薄れゆく意識の中で、必死に指を動かした。

 ポケットの中のガラケー。

 さっき高木に直してもらったばかりの、古臭い端末。

 画面は見えない。指先の感覚だけで、短縮ダイヤルの『1』を長押しする。

 緊急通報(コード99)。

 ……だめだ、力が入らない。


 誰もいなくなった倉庫。

 取り残された佐倉の耳に、異様な音が届いた。

 ブーン……ブーン……。

 一匹だけ残されたドローンが、佐倉の頭上を旋回していた。

 カメラのレンズが、赤く光る。

 生体スキャン。

 ドローンは佐倉の体温と心拍数の低下を検知し、冷徹に計算を行っている。


 [ TARGET STATUS: FATAL (致命傷) ]

 [ SURVIVAL PROBABILITY: 0.02% (生存確率:極小) ]

 [ JUDGMENT: NEUTRALIZED (無力化完了) ]


 ドローンは「獲物は死んだ」と判断した。

 赤いLEDが緑に変わり、ドローンは高く上昇し、壊れた窓から飛び去っていく。

 機械には分からない。

 人間には、数値化できない「執念」があることを。


(……奈々……)

 脳裏に浮かんだのは、相棒の顔だった。

 自分を信じてくれた、あの真っ直ぐな瞳。

 俺が死んだら、あいつはどうする。また一人になるのか。

 ……ふざけるな。

 死ねねえ。

 こんな所で、あんなガキの裏切りで、終わってたまるか。


 佐倉は血の泡を吐きながら、地面を這った。

 1ミリでも前へ。

 生への執着が、切れかけた意識を辛うじて繋ぎ止める。

 遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。

 仲間か。それとも死神か。

 佐倉の手が、冷たい床の上でぴくりと動いたのを最後に、意識は深い闇へと落ちていった。


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