3 第三者の一言から、静かな解放へ
きっかけは、本当に些細な一言だった。
エレベーターを待っているとき、隣に立った別部署の人が、私の名札を見て言った。
世間話の延長のような、確認のような声音で。
「まだ、そこにいたんですね」
責める調子でも、驚く様子でもなかった。
ただ、事実を確かめるだけの口ぶりだった。
私は一瞬、言葉に詰まった。
「まだ」と言われる理由を、頭の中で探したが、すぐには見つからない。
結局、「ええ、まあ」と曖昧に返した。
エレベーターが来て、会話はそこで終わった。
彼は先に降り、私は一人残った。
その短いやり取りが、妙に残った。
怒りも悲しみもなかった。
ただ、腑に落ちる感じがした。
――ああ、これは個人の評価の話じゃない。
誰が悪いわけでもない。
誰かが意地悪をしたわけでもない。
ただ、「長くいる」という事実そのものが、判断材料にならなくなっただけだ。
速さ。
更新。
わかりやすさ。
引き継ぎのしやすさ。
そういうものが優先される場所では、
説明が必要な存在は、自然と後ろへ下がる。
長く着てきた役割は、
丁寧さや配慮と一緒に、
いつの間にか「コスト」になっていた。
それに気づいたとき、
私はようやく、自分が何を失ったのかではなく、
何を握り続けていたのかを考えた。
調整役。
空気を読む人。
間をつなぐ人。
それらは、確かに私の仕事だった。
でも、それは私そのものではなかった。
私は、少しずつ、手を離し始めた。
頼まれていない修正はしない。
呼ばれていない場には入らない。
説明を求められていないことを、説明しない。
驚くほど、何も起きなかった。
誰も困らなかった。
誰も怒らなかった。
世界は、私が思っていたより、ずっと軽やかに回っていた。
それと同時に、
私の中で、何かがほどけていった。
着ていた服を脱いだ、というより、
最初から自分の体温ではなかったものが、
静かに剥がれ落ちた感覚に近い。
裸になった不安は、確かにあった。
でも、それは長く続かなかった。
何も着ていないという状態は、
思っていたほど、心細くなかった。
私はまだ、切られてはいない。
ただ、もう、巻かれもしない。
長いものが、きられる世界で、
私は、何も着ないまま、立っている。
それでいい、と
初めて思えた。
それからしばらくして、
私は、自分が何をしていないかに気づいた。
空気を先回りして読まない。
誰かの言葉を丸くしない。
決まっていないことを、勝手に整えない。
代わりに、
必要なときだけ、必要な言葉を出すようになった。
不思議なことに、
それでも、私はここにいる。
長いものが、きられる世界で、
短くても、確かな声は、
まだ、行き場を失っていない。




