2着られていた役割に気づく
あるとき、後輩に言われた。
特別な意味はなかったと思う。雑談の延長で、ふと思い出したように、軽く。
「でも、あの件は、あなたがまとめてくれて助かりましたよね」
過去形だった。
今の話ではない。
今、進んでいる案件のことでもない。
すでに終わった出来事として、整理された言い方だった。
私は笑って、「そうだったね」と返した。
それ以上、話は続かなかった。
彼女はすぐに別の話題へ移り、私はそれについていった。
そのとき、ようやく気づいた。
私は、今も調整役をしているつもりでいたが、周囲から見ると、それはもう着終わった服だったのだ。
役割は、必要なときに着せられる。
そして不要になれば、黙って脱がされる。
説明書きも、返却期限もない。
私は長いあいだ、その服を着ていた。
あまりにも長く着ていたせいで、肌と布の境目がわからなくなっていた。
だから、脱がされたことに、すぐ気づけなかった。
違和感は、少し前からあった。
自分の意見を言う前に、「もう決まりました」と言われる。
「確認だけ」と渡された資料に、修正の余地がない。
それでも私は、勝手に整え続けていた。
誰も頼んでいない言い回しを考え、誰も読まない補足を用意し、誰も待っていない調整をしていた。
癖のようなものだ。
長くやってきた人間ほど、役割を手放すのが遅れる。
気遣いは、いつの間にか、自己満足に変わる。
調整は、ただの回り道になる。
丁寧さは、速度を落とす要因として扱われる。
誰も間違っていない。
ただ、今はもう、それを着る場面ではなかった。
私は、ふと、自分がどんなふうに見えているのかを想像した。
昔の話を持ち出す人。
一応、聞いておくと安心な人。
でも、最終的な判断には関係しない人。
「長い人ですね」と、冗談めかして言われたことがある。
そのときは、悪い気はしなかった。
信頼されている証拠だと思った。
今になって、その言葉の裏側が、ゆっくりと反転する。
長い、というだけで、
重くなることがある。
長く着ていたものほど、
脱がす側は、扱いに困る。
だから、何も言わずに、
そっと距離を置く。
私はまだ、切られてはいない。
ただ、役割を脱がされ、
その上から、何も着せられていない。
裸のまま、廊下に立っているような感覚だった。




