表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長いものが、きられる  作者: 田中葵
1/3

1 空白

 最近、何も決めていないのに、仕事は進んでいる。

 私の知らないところで。


 何かが決まったあとで、その報告だけが届くようになった。

 決定事項、と件名に書かれたメールを開くたび、少しだけ遅れてきた拍手をしているような気分になる。もう終わった話題に、今さら参加している感じだ。


 以前なら、決まる前に声がかかっていた。

 資料を見て、意見を出して、少しだけ言い回しを整えてから、全体に回す。そういう役割だったはずだ。少なくとも、私はそう思っていた。


 最近は、私の名前が最初から入っていない。

 会議の招集も、相談の打診もない。代わりに、「共有です」「念のため」といった一文が添えられた連絡だけが届く。そこに、返事をする必要はない。返したところで、話はもう先へ進んでいる。


 仕事自体は減っていない。

 机もあるし、パスワードも有効だ。出社すれば、挨拶も返ってくる。誰かが露骨に距離を取っているわけでもない。だから、気のせいだと言おうと思えば、そう言えなくもなかった。


 ただ、何かを頼まれなくなった。

 「これ、どう思います?」という一言が、私の前を素通りするようになった。代わりに、決まった結果だけが、整った文章になって手元に届く。


 その文章は、よくできている。

 無駄がなく、角が立たず、短い。

 私がこれまでやってきた仕事を、誰かが、もっと速く、もっと簡単にやっている。


 自分の役割を、後から見せられている気分だった。


 私は、調整役だった。

 少なくとも、そう呼ばれてきた。意見が割れたときに、双方の言い分を少しずつ削って、落としどころを探す。強い言葉を、弱める。弱すぎる表現を、少しだけ前に出す。誰かの顔を立てながら、全体が動く形に整える。


 目立たないが、必要な仕事だと信じていた。

 派手な成果は出ないが、トラブルも起きにくい。長くやるほど、周囲の癖や地雷がわかってくる。だからこそ、続けてこられたのだと思っていた。


 気づけば、私は一番長くそこにいた。

 最初は、ただ居ただけだ。辞める理由がなく、続けてきただけ。それがいつの間にか、「詳しい人」「昔から知っている人」「一応、聞いておいたほうがいい人」になっていた。


 その立場が、いつからか、重くなった。


 説明が長い、と言われることが増えたわけではない。

 むしろ、何も言われていない。

 ただ、私の話す前に、結論が出るようになった。


 会議は短くなった。

 確認事項は減り、判断は早くなった。

 迷っている時間が、無駄だという空気が、静かに共有されていった。


 それは、悪いことではないのだと思う。

 効率は上がるし、決断は速いほうがいい。私自身、そう言ってきた側でもある。


 それでも、私の中に残るのは、説明しきれない違和感だった。

 何かを間違えた感覚ではない。

 役目を終えた、と言われたわけでもない。


 ただ、呼ばれなくなっただけだ。


 ある日、偶然、廊下で立ち話をしている二人の横を通りかかった。私の関わっていた案件の話をしているのだと、すぐにわかった。声をかけようか迷って、やめた。呼ばれていない場所に、勝手に入るのは、少し勇気がいる。


 そのまま通り過ぎたあとで、胸の奥に、薄い膜のようなものが残った。

 破れたわけではない。

 ただ、確実に一枚、隔てられた感じがした。


 私はまだ、ここにいる。

 仕事もしている。

 名前も消えていない。


 それでも、何かが、少しずつ切られている。


 音もなく、理由もなく、

 長いものから、先に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ