イルモの町手前
予定通り・・イルモの町へと向かうラトナたち。
蜀の桟道を思わせる細く険しい道を抜けると・・視界が一気に開けた
眼前に広がるのは、どこまでも続く広大な平原。その中央を、大きな街道がまっすぐ貫いている。
街道には旅人や乗合馬車、荷馬車が絶え間なく行き交い、活気に満ちた光景が広がっていた。
つい先ほどまで歩いていた山道が、まるで獣道だったかと思えるほどの圧倒的な開放感だった。
もちろんラトナ達は・・その街道に合流し目的地となるイルモへと向かうのだが、なぜだか・・居心地が悪い。
行きかう人たちの視線が、妙にこちらへと集まってくるのだ。
「なぜだろう」・・・と思ったが、すぐにラトナは察した。
行きかう人たちの髪の色が・・・誰一人として自分たちと同じ"黒"ではない。
「なんてことだ!・・・いきなりの波乱含み」
アユリーナの話では、イルモの町には、黒髪を敵視するバベル教の影響はほとんど及んでいないという。
それなのに・・・この視線の痛さは、どう考えても普通ではない。
たしかに・・目的地イルモまでは、まだ少し距離があるとはいえ・・・何かがおかしい。
ラトナは小さく息をのみ、隣を歩くアユリーナへと視線を向ける。
「アユリーナ君・・・これは不味い予感がするね」
「ええ、うちも同じです。なにやら胸騒ぎが・・・」
などと・・二人の少女がそんな会話をしていると、すれ違った老人・・杖を頼りに歩く年老いた男が、風に紛れるように小さく囁いた。
それは警告、いや! おそらく親切心からだろう。
「イルモに近寄るな! あそこはバベル教徒に支配されている」
ラトナは反射的に振り返り、老人の背中をわずかに目で追った。
その口調、その言葉、その雰囲気・・どれもこれも嘘をつく人間の声ではない。
彼女の直感が、そう告げていた・・・"これは真実だと"
ラトナはそっとアユリーナへと身を寄せ、耳元で囁く。
「このまま、真っすぐイルモに向かうとすると、私たちは・・・ふっ!」
ラトナの言葉が途切れ、短い沈黙が落ちる。
そして・・ゆっくりと彼女の口元に笑みが浮かんだ。
「イルモの町が、真っ赤に染まることになるわね。鉄分をただよわせながら」
その一言に、アユリーナの背筋に、冷たいものが走った。
ラトナの声は冗談めいてもいながら、どこか本気の響きを帯びていたのである。
そう魔導士ラトナ・・それは、この現代における本物の"魔法使い"、畏怖されるべき人物なのだ!
・・・と言いたいところだが、現在の彼女には、かつてのような・・無茶を押し出せる魔力はない。
もう昔のラトナではないのだ。それでも、工夫さえすれば、多数の敵に十分な効果や恐怖を与えることくらいはできるだろう。
とにかく、このまま真っすぐ進めば・・面倒なことになるはず。
それに・・余計な騒ぎ、騒動は避けたい。
そもそも、この地域の状況をほとんど知らないのだ。
そこで、ラトナは小声で告げた。
「ここは、よこ道にそれたほうが良さそうだね」
アユリーナは、静かにうなずき、周囲を見渡した。
「うちも、そう判断します」
ラトナたちは、揉め事が起きないうちに、人通りの多い街道から離れ、少し外れたわき道へと足を踏み入れた。
ちなみに・・そのわき道というのは"道"ではない。
主要街道を横目に見ながら、草を踏み分けて並走しているだけ・・・
ラトナたちは、できるだけ身を低くし、街道を行き交う人々の視線を避けながら、静かにその脇を進んでいく。
"う~ん ちょっと情けないけど、揉め事を避けるためだし・・仕方がないね"
そう、自分に言い聞かせながら、ラトナたちは、こそこそと草むらの中を歩いていくのであった。
時間にして・・一刻ほど、街道を行き交う人々を 遠くから横目で観察しながら進んでいたが・・・黒髪の者を一人として見かけなかった。
赤、青、白、緑、金、銀・・・の髪色をした人たちばかり。
これはやはりというべきか!
ラトナの知る200年前・・・この大陸の人間の半数は黒髪・・または黒髪に近い色をしていた。
それが、どうしてここまでの比率に・・・いや! まったく黒髪がいないといってもいいほどだ。
彼女の脳裏に浮かぶのは、あの宗教。
ラトナ自身の称号・・・"バベル公姫"の名を冠した、バベル教の存在。
「くっ、私の名できっと・・虐殺したのだな! なんと忌々しい」
抑えきれない怒りが、心の奥で静かに燃え上がっていた。
彼女は歩みを止めない。向かう先は、イルモの町。
そこは・・おそらくバベル教の支配下となっている可能性が高いだろう。
だが、その状況を把握できなければ、今後の策を立てることすらできないのだ。
"場合によっては・・バベル教を排除する!
奴らが信仰する女神バベル・・・その本人が、自らの手で鉄槌をくだしてやろう"
バベル教徒は魔導を知らぬはず。
魔導の本質すら理解しない者たちならば、勝機は十分にある。
ラトナは静かに息を整え、草むらの中をまっすぐ進むのであった。
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「・・・見えてきたね。あの町かな!?」
「はい。ラトナ様・・あれがイルモの町です」
ラトナたちの視線の先、かすむ平原の向こうに目的地・イルモの町の輪郭がゆっくりと浮かびあがる。
だが・・・その様子はどこかおかしい。
ラトナが目を細めた。
町を守る城壁の一部が倒壊していたのである。
さらに、町の周囲には兵士たちが集結し、緊張した空気が張りつめていた。
幸い、戦闘の気配はない。
・・・だが、この静けさの奥に潜む影が、胸の奥をざわつかせた。
何かが起きているのではないか!?
ラトナは背を低くし、周囲の様子をうかがう。
その視線の先、草むらの影で複数の人影を確認。
そして次の瞬間、一人の人物を追うように、数名の兵士たちが一斉に駆け抜けていった。
その兵士たちは白い鎧をまとい、胸にはラトナの家紋・・すなわちバベル公姫の紋章が刻まれている。
そう・・つまり、彼らはバベル教配下の兵士だということだ。
「まったく・・ちっ! あいつらに我が家紋の使用を許した覚えはない。無断使用だな!」
ラトナは低く吐き捨てる。
もっとも、200年以上も隠れ家で眠り続け、しかもその間に帝国すら滅んでしまったのだから、文句を言うすじあいはないかもしれないのだけどね・・・
一方・・・彼ら兵士に終われている人物は・・やはりというか黒髪。
しかも仕立ての良い服装をしており・・おそらく身分ある者だろう。
「たぶん・・あの方はイルモの市宰長かもしれません。以前の祭りの際・・・ああいう服装をしていた気がします。たぶんですけど」
そんなアユリーナの発言にラトナは静かに頷く。
記憶は曖昧だが、身なりからして高い身分であることは確かだ。
町がバベル教の軍に占拠され、逃げ出した・・・そう考えるのが自然だろう。
「どうやら、ふん! 厄介な場面に出くわしたみたいだね」
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




