北の風は静まりて ― それぞれの安堵
北西防衛線/ミレーヌ&ゲルハルト
雪嵐が途切れた夜。
ミレーヌは砦の作戦室で、地図と報告書を前に腕を組んでいた。
その時――斥候が駆け込む。
「将軍! 西方より伝令!
獣人族の動き、鎮静化。
灰牙の狼団、撤退。
こちらへの敵意は確認されずとのことです!」
ミレーヌは一瞬だけ目を見開き、すぐさま冷静さを取り戻す。
「……全軍に伝えなさい。
警戒を維持しつつも、無用の挑発は厳禁。」
ゲルハルトが静かに近づいた。
「救いが来たな。」
「ふん……ここで戦が起きては、
北方の“本当の脅威”へ兵を割けなくなる。」
ミレーヌは壁に掛けられた“氷門”の絵図を見つめる。
「影を押し返す刃と盾であるために……
まだ息をつく訳にはいかないわ。」
ゲルハルトが拳を握りしめる。
「我らの役目は、
不死王陛下が向かう道を――守り通すこと。」
ミレーヌも頷いた。
「レオン陛下……どうか、ご無事で。」
彼女は知らない。
レオンがすでに、氷門へ向けて歩みを進めていることを。
だが、願いだけは風に届く――
---
紅の回廊。
無数の眷属(蝙蝠)が天井にぶら下がる中、黒い玉座に少女が座っていた。
伝令の影蝙蝠が、ルカの肩に止まる。
「……灰牙の若狼たち、撤退。
人間との接触――友好にて終息。」
ルカはふわりと微笑む。
「やれやれ。
本当に獣は扱いが難しい。」
蝙蝠がクスクスと笑ったように揺れた。
「けれど……これでいい。」
ルカは足を組み、指を一振り。
大陸全土の地図が宙に浮かぶ。
「西は沈静化。
北は、まだ踊り続ける。」
青い光が“氷門”に灯る。
「ねぇ、レオン?
あなたがどれだけの覚悟で進むのか――
私は見届けたいの。」
その声には、ただの魔物らしからぬ
奇妙な情の色が混じっていた。
「影も、国も、運命も。
ぜんぶ、この手で整えておくわ。
――あなたが勝てるように。」
紅い椅子の少女は微笑む。
まるで舞台監督のように。




