鍛炉の国の夜 ― 焚き火とスープと怖がり預言者
〈グラン・ノルデン〉の夜は、昼間の熱気とは打って変わって冷たい風が吹いていた。
街の片隅、宿の外には湯気を立てる屋台がいくつも並び、香ばしい匂いが漂っている。
ノエルは歩みを止め、ふと立ち込める湯気を見上げた。
「……悪くないな。
ここで一泊して、体を休めていこう。」
クラリスが微笑み、アリアが頷く。
「賛成です。魔力を練り直す時間も必要ですし。」
その瞬間――セリオが勢いよく手を挙げた。
「大!大大賛成ですっ! 僕、体力ゼロですから!
それに……ほら、食べてる匂いがもう幸せを呼んでますぅぅ!」
ノエルが小さく吹き出す。
「……そんなに腹が減っていたのか?」
「減ってたどころじゃないです! さっきの転移から、魂ごとカロリー消費してますぅ!」
クラリスが笑いながら言った。
「では旦那様、せっかくですから、こちらで夕食を取りましょう。
宿の主人によると、“岩魚の香草スープ”が名物だそうですよ。」
「岩魚……」ノエルの表情が少し和らぐ。
「懐かしいな。昔、リュミエールと旅をしていた頃にも食べた味だ。」
「えっ、そんな貴重な思い出の味なんですか!?」
セリオが目を輝かせる。
「よぉし、僕、五杯食べます!」
アリアが横目で見て微笑む。
「……胃薬の準備もしときましょうか。」
「そ、それはフラグですよアリアさん!?」
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宿屋〈鉄炉亭〉
夜、食堂の中央の暖炉に火が灯り、テーブルには香草の香りが広がっていた。
湯気の立つスープ、焼きたての黒麦パン、蜂蜜酒。
旅の疲れを癒すような温かさがあった。
「うわぁ……これ、幸せの味です……!」
セリオがスプーンを持ったまま、目を潤ませる。
「このスープ、胃まで優しい……。僕、生きててよかったぁ……!」
クラリスが笑いながらワインを注ぐ。
「セリオさん、明日の戦いの前に、せいぜい胃を整えておきなさい。」
「はいっ……! 僕、明日こそ役に立ちますっ!」
「“こそ”ですか?」アリアが茶化すように笑った。
ノエルは静かにスープを飲みながら、暖炉の炎を見つめていた。
その目に、わずかな決意の色が宿る。
「明日は“炎喰い”との戦いになる。
奴は火を喰らい、瘴気を吐く存在だ。……恐れるな。」
クラリスが頷く。
「ええ。旦那様の剣と私の刃、そしてアリアさんの知識があれば。」
セリオが胸を張って、……すぐに萎んだ。
「ぼ、僕も……僕も頑張りますけど……燃えない方向でお願いしますぅ。」
「大丈夫よ。」アリアが微笑む。
「水の精霊アクエラが、あなたの背中にいるわ。きっと助けてくれる。」
セリオはしばらく黙ってスープを見つめ、それからゆっくり笑った。
「……そうですね。僕だけじゃない、アクエラも一緒に戦うんですもんね。」
ノエルが席を立ち、暖炉の前で剣の柄に手を添えた。
「――明日はこの剣に、新たな炎を宿す日だ。」
炎が一瞬、強く揺れた。
まるで彼らの決意に応えるように。
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その夜、〈鉄炉亭〉の窓の外には雪が静かに降っていた。
穏やかな夜のぬくもりの中、
不死王とその仲間たちは久しぶりに“安らぎの夢”を見た。
翌朝、彼らを待っていたのは――竜の炉へと続く、深紅の坑道だった。
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