水の加護 ― 怖がり預言者と泉の精霊
森を抜ける途中、夕日が木々の間からこぼれていた。
空気は静かで、鳥の声さえ聞こえない。
「……妙ですね。」
クラリスが辺りを見回す。
「森全体が、息をひそめているような……。」
その時――セリオがぴたりと止まった。
顔が青ざめ、両手を胸に当てて震えている。
「……き、聞こえるぅ……」
「なにが?」アリアが首を傾げる。
「“た、助けて……”って! 森の奥からぁぁ! ひぃぃぃ!」
思わずノエルの外套の裾を掴むセリオ。
クラリスが冷静に言った。
「またですか? この前も“黒いカエルが話してた”って言ってましたけど。」
「ち、違いますぅ! 今回は本当に本物なんです! ほらぁ、胸の奥がキューって……!」
ノエルは微笑み、落ち着いた声で言った。
「どうやら本能が告げているらしいな。案内しろ、セリオ。」
「えぇぇ!? 僕がぁ!? 怖いのは僕なのにぃ!?」
「安心しろ、守ってやる。」
「そ、そう言ってまた危険に突っ込むんですよねぇぇ!?」
クラリスが笑いを抑えきれずに肩をすくめた。
「旦那様、怖がってる割にちゃんと歩けてますよ。」
「足が勝手に動いてるだけですぅぅ!」
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暗き泉 ― 沈黙の底に潜む影
森の奥、青く濁った泉が現れた。
霧が立ち込め、まるで底なしのように見える。
セリオが震える声で言った。
「こ、ここです……間違いない……この水の中に……何かがいますぅ……!」
アリアが魔力を感知し、表情を険しくする。
「瘴気の反応……強いわ!」
その瞬間、水面が爆ぜ、黒い触腕が四方に伸びた。
「ぎゃあああああああっ!? で、出たぁぁぁぁぁぁ!!」
セリオが真っ先にノエルの背後に飛びつく。
ノエルは落ち着いて剣を構え、低く呟いた。
「――下がれ。来るぞ。」
現れたのは巨大な影の魚。
その胸の奥に、微かな青い光が見える。
クラリスが前に出る。
「旦那様、あの光……何かを封じています!」
ノエルが頷く。
「ならば、斬るのではなく“守る”戦いだな。」
アリアが詠唱を始め、結界が展開される。
「《清浄の輪・エリュシオン》!」
光の陣が泉を包み、瘴気が押し返される。
だが、触腕が暴れ、セリオの方へ迫る。
「ぎゃあああっ、来ないでぇぇぇぇ!!」
逃げようとした足が滑り、彼は泉の縁で転倒――そのまま水の中へ!
「セリオッ!?」クラリスが叫ぶ。
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水の底 ― 精霊の声
水中は暗く、冷たく、恐怖が押し寄せた。
セリオは必死にもがくが、呼吸ができない。
(……やだよぉ……僕、まだ死にたくない……!)
その時、青い光が彼の前に現れた。
透き通る女性の姿――水の精霊、アクエラ。
『恐れないで……あなたの声が、私を呼び起こしたのです。』
「ひゃっ……だ、誰!? お化け!?」
『違います……あなたの“優しい心”が、私をここに導いた。
私は……この森の水を守る者、アクエラ。』
「え、精霊さん!?」
『はい。そしてあなたは、誰よりも“感じる”人。
恐れながらも、仲間を想う心が、私の封印を解いたのです。』
アクエラの光がセリオの胸に宿る。
『その勇気に応えましょう。
私の加護を受け取りなさい。恐れを、守る力へ変えるのです。』
「お、恐れを……守る力に……?」
『そう。あなたの心は“水鏡”。
揺れても、割れず、すべてを映す。
あなたの恐怖は、優しさの証。』
光が爆ぜ、セリオの右手に青い紋章が刻まれた。
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地上 ― 震える勇気
泉が轟音を立てて弾けた。
セリオが青い光と共に浮かび上がる。
「ひいぃぃ……でも、でもぉぉぉ……もう逃げないぃぃ!!」
彼の周囲に水の渦が形成される。
ノエルが目を細めた。
「……これは、精霊の力。」
セリオが叫ぶ。
「《アクエラ・シールド》――水の壁、守ってぇぇぇ!!」
轟音と共に、透明な水の壁が立ち上がる。
触腕が叩きつけられるが、砕けない。
アリアが目を見張る。
「ま、守った……!?」
クラリスが微笑む。
「やればできるじゃないですか、セリオ。」
「ひぃぃ……怖いのは変わらないんですけどぉぉ!」
「それでいい。恐れを力に変えろ。」
ノエルが言い、剣を振り抜く。
「――終わりだ。」
アクア・アビスが光の中で崩れ落ち、泉は静寂を取り戻した。
セリオはその場にへたり込み、息を切らす。
「はぁぁ……こ、心臓が爆発するかと思いましたぁ……!」
アリアが優しく笑いかける。
「でも、あなたがいなければ、誰も助けられなかったわ。」
クラリスも頷く。
「あなたの“怖がり”が、命を救ったのです。」
ノエルはセリオの頭に手を置いた。
「よくやった、セリオ。
その恐れは、誰かを守りたいという心から生まれたものだ。」
セリオは少し照れながら笑った。
「へへ……じゃあ、僕の怖がりも役に立つってことですかね……。」
「十分だ。」
ノエルが微笑む。
夜の森に、清らかな風が吹き抜けた。
水面が光を反射し、セリオの青い紋章が淡く輝く。
――“恐怖”から生まれた、“守る力”。
それが、セリオに宿った“水の加護”だった。
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