東方行軍 ― 聖樹の森への道
夜明けの光が王都の塔を照らし始めるころ、
ノエル一行は東の街道を進んでいた。
目指すは、東方の森――“光の聖樹”の聖域。
馬車の車輪が土を鳴らし、春風が草原を渡っていく。
セリオは荷台の上で伸びをしながら欠伸をかみ殺した。
「うぅ……王都を出ると、やっぱり空気が違いますねぇ……。」
クラリスが微笑む。
「王都の空気は整いすぎてるのよ。
自然の匂いは、人を少し素直にするわ。」
「素直……かぁ。」
セリオはぼんやりと空を見上げた。
「なんか……すぐそこに“何か”いる気がするんですよねぇ。」
「何か?」クラリスが首を傾げる。
「まだ東の森までは距離があるはずよ。」
「うーん……うまく言えないんですけど、
“来る”感じがするんです。風の流れが、急に止まるみたいな……。」
ノエルが馬を止めた。
その瞳が細く鋭く光る。
「……セリオ。どの方向だ。」
セリオは目を閉じ、しばし耳を澄ませた。
「……東、ちょっと南寄り。……あっ! すぐ近くです!」
「旦那様、周囲に気配があります。」クラリスが剣を抜こうとしたが、
ノエルが片手で制した。
「待て。――セリオの予感を信じよう。」
その直後、地面がかすかに震えた。
崩れた村の倉庫跡から、黒い影が溢れ出す。
「っ、やっぱり来たぁぁ!」
セリオの叫びと同時に、アリアが前に出た。
「視えます――腐食魔獣、“影喰い鼠”。
瘴気を喰らって生き延びた変異体。数は……四体!」
「感知が早い……!」クラリスが驚く。
「いえ、最初に気づいたのはセリオさんです。」アリアが微笑んだ。
「私が感じた時には、すでに“波”が動いていました。
彼の中に、“未来の揺らぎ”がある。」
セリオが目を丸くする。
「ふ、未来の……な、なんですかそれぇ!?」
「あなたは時の縁に近い。
もしかすると――預言者としての力が、覚醒し始めているのかもしれません。」
「そ、そんな立派なものじゃ……!」
ノエルが短く言った。
「立派かどうかは関係ない。役に立つなら、それでいい。」
その瞬間、影が跳ねた。
黒い鼠のような魔獣が、獰猛な爪を振り上げて突進する。
ノエルの剣が蒼光を放ち、瞬く間に一体を両断。
続けてクラリスが身を翻し、二体目を斬り裂く。
アリアの光が走り、最後の一体を焼き尽くした。
静寂が戻る。
「ふぅ……危なかったぁ……!」セリオが腰を抜かす。
クラリスがため息をつき、剣を収めた。
「本当に……あなたの“胸騒ぎ”がなければ、奇襲を受けていたわ。」
アリアが灰を手に取り、瞳を光らせる。
「……瘴気の波形、通常とは違います。
これ、自然発生ではありません――“人の魔力”が混ざっています。」
ノエルが目を細めた。
「つまり、誰かが瘴気を操っている。」
アリアが頷く。
「ええ。そして……この瘴気は、東へ導かれている。
“聖樹”が呼んでいるのです。助けを求めるように。」
ノエルは剣を見下ろし、静かに言った。
「ならば、応えよう。――我らの旅は、光の声に従う。」
クラリスが頷き、セリオは胸を張る。
「ぼ、僕、次もちゃんと感じ取ってみせます!」
「感じ取る前に転ばないでね。」クラリスが苦笑する。
「ひぃっ、気をつけますぅ!」
アリアは二人を見て、小さく笑った。
「……賑やかな旅になりそうですね。」
ノエルの視線が、東の地平線を見据える。
黒い雲が、森の上で渦を巻いていた。
「――光の聖樹が、我らを試している。」
そして四人は歩き出す。
予知の青年、真視の少女、忠誠の剣士、そして不死の王。
運命の糸が静かに絡み合い、
物語は“聖樹の森”へと進んでいった――。




