避難民の灯 ― 鑑定士アリアとの出会い
王都アルシオンの南門外。
春を迎えるはずの大地には、緑ではなく灰色の影が広がっていた。
腐食した土、枯れた畑、そして寄り添うように並ぶ粗末なテントの群れ。
そこには、瘴気に汚染された辺境から逃げてきた人々が身を寄せていた。
風に混じって、焦げた草の匂いと焚き火の煙が漂う。
その中を、ノエル(=レオン)一行がゆっくりと歩いていた。
彼の隣にはクラリスが立ち、避難民の記録を取る文官たちへ的確に指示を飛ばしている。
「医療班は西側へ。
食料配布は子どもと老人を優先――手が足りないなら、王都の教会にも要請を。」
「了解しました、クラリス様!」
クラリスは視線を巡らせ、表情を曇らせた。
「……これが“影晶”の影響。
辺境の地が腐っていくにつれ、王都まで届き始めているわね。」
ノエルが頷く。
「人々の避難は正しい。だが、彼らが戻れる日はまだ遠い。」
「旦那様……王国は本当に持ちこたえられるのでしょうか。」
「持たせるさ。――我らが見ている限りは。」
その時、後方で慌てた声が響いた。
「うわぁぁっ! ま、待ってくださいぃ! 置いていかないでぇぇ!」
セリオが慌てて荷車を引きずりながら走ってきた。
案の定、荷物の山に足を取られて派手に転倒する。
「ぎゃあぁっ! い、痛たた……!」
クラリスがため息をつく。
「もう……だから言ったでしょう、積みすぎだって。」
「だ、だって避難民の人たちに少しでも……と思って……!」
ノエルが口元に微笑を浮かべる。
「なら、せめて倒れずに届けることだ。」
「は、はいぃ……!」
セリオが立ち上がり、荷を抱え直す――が、その拍子に道を外れてしまった。
「え? あれ、み、みんなは……? ……あれぇぇぇ!」
気づけば、群衆の流れの中で完全にはぐれてしまっていた。
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人々の喧噪が遠ざかり、夕暮れの影が落ちる。
セリオは途方に暮れながらも、荷物を抱えたまま丘の下へ降りていった。
そこで――彼は見た。
簡素な布張りの天幕。
その前に、少女が一人、木箱の上に腰掛けていた。
金の髪を束ね、瞳は澄んだ水のように青い。
白衣の袖をまくり、手元では小さな水晶板が淡く光を放っている。
「え、えっと……すみませぇん! 迷子になっちゃって……!」
少女は顔を上げた。
驚いたように目を瞬かせ、そしてふっと微笑む。
「あなた……王都の方ですね?
服の埃がまだ乾いていない――現地から来たばかりでしょう。」
「え、は、はいっ! あの、どうしてわかったんですか!?」
少女は小さな板を傾けた。
光がセリオの胸元を照らし、淡い紋が浮かび上がる。
「……見えるんです。
“光脈”――人の魂の流れを。」
「ひゃあっ!? な、なんですかそれぇ!?」
「ふふ。驚かせてしまいましたね。」
少女は優しく微笑み、胸に手を当てた。
「私はアリア・フェンリス。王都の鑑定士です。
この避難所で、病人や負傷者の“魔脈”を診ています。」
「鑑定士……!」
セリオの目が輝いた。
「すごいですねぇ! なんか神秘的ですっ! 僕、ただの事務係ですけど!」
「事務係、ですか?」
アリアが少し首を傾げた。
「けれど……不思議ですね。あなたの“光脈”には――他人とは違う波があります。」
「え、えぇ!? 病気ですか!?」
「いえ、そうではなく……未来を“映す”ような……」
アリアは一瞬、言葉を止めて、目を細めた。
「……まるで、予言者のような……そんな流れ。」
セリオは固まった。
「よ、予言者ぁ!? 僕がですか!? ちょ、ちょっと待ってください、そんなカッコいい肩書、聞いたことないですぅぅ!」
「ふふ、落ち着いてください。
未来は一つではありません。あなたが選ぶ道によって変わる。
でも――“誰かを導く光”が、あなたの中にある。」
セリオは頬を赤くして頭をかいた。
「ぼ、僕に……そんな光が……あるんですかねぇ……?」
「あります。」
アリアの声は確信に満ちていた。
その瞬間、遠くからクラリスの声が響いた。
「セリオ! どこに行ったの!」
「ひぃっ! 見つかっちゃった!」
セリオは慌てて頭を下げる。
「す、すみませんアリアさん! また絶対来ますからぁ!」
アリアはくすりと笑った。
「ふふ、ええ。
その時は“予言者”としてのあなたを、もう一度見せてくださいね。」
セリオは顔を真っ赤にしながら走り去っていった。
夕陽の中、アリアはそっと呟いた。
「……運命の輪が、また一つ動き出した。」
彼女の瞳には、遠くで輝く王都の塔の光が映っていた。
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