黒槍の終焉 ― 邪と忠の咆哮
― 辺境領・ヴァルクレスト邸
夜は静寂に包まれていた。
療養の寝室に置かれた燭台の火が、風もないのに揺らめく。
その揺れは、まるで何かが“忍び込んだ”証のようだった。
寝台の上で、ダリオス・ヴァルクレストが瞼を開く。
「……誰だ。」
返答はない。
次の瞬間、窓の硝子が破砕し、黒煙のような影が部屋に滑り込んだ。
外套を引き裂きながら現れたその男――胸と腕は焼け爛れ、
瘴気が筋肉の隙間から噴き出している。
「貴様……教団の……!」
「“影導師アゼル”――我らが主の代弁者だ。
貴様の槍が、我らの祈りを踏みにじった。今ここで血で贖えッ!」
叫びと共に、アゼルの掌が紅く輝く。
地を這う瘴気が瞬時に刃へと変じ、壁を削り、天井を裂いた。
炎が走り、部屋が赤く染まる。
ダリオスは苦痛に顔を歪めつつも、
寝台脇に立てかけてあった黒槍を掴み取った。
「――貴様らの“神”など、影晶より脆い!」
雄叫びと共に槍が唸りを上げる。
炎の波を両断し、アゼルの肩を貫いた。
「ぐっ……!」
血と瘴気が飛び散る。だがアゼルは笑っていた。
「愚か者……その槍こそ、我らの主を呼び覚ます“鍵”だ!」
アゼルの周囲に、黒い陣が広がる。
その中から蛇のような瘴気の腕が無数に伸び、
床、壁、天井――部屋全体が蠢くように歪んだ。
「瘴気陣《影手ノ胎》……貴様を影に沈めてやる!」
ダリオスは槍を構え、血を吐きながらも踏み込む。
「――その口を閉じろ!」
彼の一突きが、地を貫き、陣を崩壊させた。
爆音と共に床が砕け、炎が天井を舐め上げる。
二人はその中でぶつかり合う。
槍と刃が何度も激突し、火花が飛ぶ。
ダリオスの肩口を斬り裂く刃。
アゼルの胸を貫く槍。
二人の血が混じり、床に赤黒い模様を描いていく。
「……貴様らの信仰は……ただの腐肉だ……!」
「……黙れ……影は……神より永い……!」
互いの渾身の一撃が交差した瞬間――
轟音。
衝撃波が部屋を吹き飛ばし、窓の外へ炎と破片が舞う。
二人の影が空気を裂いてすれ違い――
次の瞬間、刃が槍を、槍が胸を貫いていた。
「ぐ……ああぁぁっ!」
「……影が……滅ぶ……ものか……」
両者の身体が崩れ落ちる。
黒槍が床に転がり、金属音が静寂の中に響いた。
直後、扉が蹴破られる。
「閣下――! 侵入者だ!」
黒槍騎団の兵士たちが飛び込み、燃え盛る部屋を見て凍りついた。
アゼルは既に息絶え、瘴気の煙となって消えつつあった。
ダリオスは血に濡れた床に片膝をつき、
かろうじて意識を保ったまま兵士たちを見上げる。
「……ゲルハルトは……」
「生きております! 救出されました!」
「……そうか……」
ダリオスの唇がかすかに笑みに歪んだ。
「黒槍の矜持は……死なぬ……」
その言葉を最後に、彼はゆっくりと倒れた。
兵士の手から滑り落ちた黒槍が、床を転がって止まる。
炎の中、その槍だけがまるで“誇り”の象徴のように輝いていた。




