紅の回廊 ― 闇の少女ルカ 2
紅の回廊の中央――。
円環状に広がる床の上に、魔法陣のような模様が刻まれていた。
それは古い血脈を象徴する紋。中心には一本の黒薔薇が咲き、
その花弁から滴る紅が、壁の結晶へと続いていた。
ルカが手をかざすと、壁の奥に仕掛けられた扉が静かに開く。
中は静謐な一室――“紅の居間”と呼ばれる場所。
中に足を踏み入れた瞬間、クラリスとセリオが息を呑む。
そこには、壁一面に並ぶ美しい絵画があった。
王都の夜景、花咲く庭園、紅の回廊を見上げる少女――
その筆致は、柔らかく、温かく、それでいてどこか哀しい。
そして、その中央に――。
少女の姿を描いた一枚の絵。
月光を背に佇む、黒と紅のドレスの少女。
その瞳は深紅に輝き、微笑んでいる。
クラリスがそっと呟いた。
「……まさか、これ……。」
ルカは軽く微笑んだ。
「ええ。――ノエル様が描かれた、私の肖像画です。」
セリオが目を丸くする。
「えっ!? 旦那様が!?」
レオンは静かにその絵に視線を向けた。
「……ずいぶん昔のことだ。
王城の美術院が再建される前、私は“宮廷画家”として滞在していた。
あの頃、王都の影を象徴する存在として――
この少女を描いた。」
ルカの紅い瞳がわずかに潤む。
「覚えていてくださったのですね。」
「忘れるものか。」
レオンは絵の前に立ち、静かに言葉を続けた。
「この絵を描いた日、君は“いつか光の中に咲きたい”と呟いていた。」
ルカは微笑み、指先で自分の胸元を押さえた。
「でも、私は闇に咲く花。
光に咲けば、すぐに枯れてしまうでしょう?
――だから、この紅の回廊が私の“庭”なんです。」
クラリスが少し切なげにそのやり取りを見守っていた。
その横でセリオは小声で囁く。
「こ、これは……愛の匂いがしますぅ……。」
「黙りなさい。」
クラリスが小声で肘を入れた。
レオンは絵から目を離し、ルカの方へ向き直った。
「ルカ。……あの頃も、今も、君は王国のために働き続けている。
闇の底で、人知れず命を繋ぐ。
本当に、感謝している。」
ルカは目を伏せ、静かに言った。
「――お言葉だけで、胸が満たされます。
けれど……できるなら、光の下でお会いしたい。」
その声はまるで祈りのようだった。
レオンは短く息を吐き、わずかに笑った。
「機会があれば、描こう。
“光の中で咲く君”を。」
ルカの頬に、かすかな紅が差す。
まるでその言葉だけで、心臓が脈打つように。
その瞬間、回廊の壁の結晶が淡く光を放った。
眷属たちがざわめき、遠くで鐘の音が響く。
ルカは扇を閉じて振り返った。
「――陛下、時間です。
血脈の網を編み始めます。教団と辺境……
闇が互いを喰らう“反響の時”です。」
オルヴィンが頷く。
「頼む。すべては、王国の均衡のために。」
ルカは薄く笑い、闇の中へと消えていく。
その足音が消えるまで、紅の回廊はまるで心臓のように鼓動を続けていた。
レオンは最後にもう一度、絵の前で立ち止まった。
クラリスがそっと問う。
「……旦那様。あの絵、今でも“美しい”と思われますか?」
レオンは静かに頷いた。
「――ああ。だが、あの絵の中の彼女は“まだ夢を見ている”。それが叶う日まで、私はこの国を見守る。」
彼の瞳に宿るのは、永遠を知る者だけが持つ、痛みと誇り。
クラリスは小さく微笑んだ。
「……きっと、彼女もそれを分かっているはずです。」
紅の結晶がまたひとつ、淡く輝いた。
それはまるで――
彼女の頬に落ちた、永遠の涙のようだった。
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