『紅の回廊へ ― 闇の宵行
王都アルシオンの夜は静かだった。
宴の余韻が街の灯に滲み、遠くで笛の音が微かに響いている。
だが、その静寂の裏で――宰相オルヴィンは重い報を抱えていた。
王城の回廊を歩く彼の足取りは、珍しく速い。
その後ろを、ノエル(レオン)、クラリス、そしてセリオが追う。
「……宰相閣下。呼び出しとは珍しいですね。」
クラリスの問いに、オルヴィンは振り返らず答えた。
「辺境と教団、両方の動きが不穏だ。どちらかが仕掛ければ、王都も無傷では済まん。」
「それで――“彼女”に会いに行くわけですね。」
ノエルが静かに言った。
オルヴィンは小さく頷く。
「……ああ。王都の最下層に眠る“紅の賢者”。
七輝将 第六位〈静謀〉――ルカ・カーミラ。
彼女の策を借りる。」
セリオは驚いた顔をした。
「ルカって……あの、“血を飲む魔女”って噂の!? 王都の地下に棲んでるって……冗談ですよね!?」
クラリスが苦笑した。
「冗談ならいいけど、残念ながら本当よ。
もっとも“魔女”というより、“軍師”に近いけれどね。」
セリオはおそるおそる尋ねる。
「ぐ、軍師って……戦うんですか?」
ノエルが答える。
「彼女は戦場には立たない。だが――戦を終わらせる。」
「終わらせる……?」
「血と影を使って、敵を自滅させる。
王都の闇を統べる者だ。」
その言葉に、セリオの背筋が凍る。
クラリスが彼の肩を叩いた。
「安心しなさい。彼女は“王国の許可を得た吸血鬼”よ。
無闇に人を襲うことはないわ。」
「王国が……許可を!?」
「死刑囚や裏切り者を処理し、その血を“情報の糸”に変える。
その力で王都の裏を監視しているの。」
オルヴィンが口を挟む。
「彼女の眷属は、王都中にいる。鼠も蝙蝠も、時に人すらも。
彼女に頼めば、教団も辺境も、隠し事はできん。」
「ひぃぃ……ぼ、僕、そんなところ行って大丈夫ですか……?」
「行くだけなら死にはしない。」
クラリスがさらりと言い、セリオは半泣きになった。
ノエルは短く笑い、言った。
「ルカは、私を“主”と呼ぶが、実際は己の意志で王国を支えている。
あの子は……闇に生まれて、光を求めた少女だ。」
その声音には、どこか懐かしさが滲んでいた。
オルヴィンが目を伏せ、呟く。
「――彼女は陛下に救われたのですよ、レオン様。
だからこそ、今もこの国の“影”として生きている。」
やがて、四人は王城の地下への転移門に辿り着く。
封印符が七重に刻まれた古代の円陣が、青白く脈動している。
オルヴィンが手をかざすと、転移陣がゆっくりと開いた。
「王都最下層――“紅の回廊”への道です。」
セリオが小声で呟く。
「うわぁ……ここ、絶対怖いとこだぁ……。」
クラリスが微笑んで言う。
「怖いのは闇じゃないわ。闇の中で何を想うか――それだけよ。」
ノエルが静かに前へ進む。
「行こう。
――あの子は、きっともう“待っている”。」
四人の姿が転移光に包まれ、
王都の地下、血のように紅い闇の中へと消えていった――。




