崩壊の余韻 ― 王都に残る影
夜が明けた。
王都アルシオンの上空に、ようやく青い光が戻る。
瘴気は晴れ、朝日が塔の尖端を照らした。
――王都は、守られた。
外郭の城壁は崩れ、外の砦は焦げついている。
だが城門の内側には、ひとつの家屋も焼け落ちていなかった。
人々は震える手で互いを抱きしめ合い、
泣きながら笑い、声を上げて空を仰いでいた。
「生きてる……! 王都が……!」
「結界が本当に守ってくれたんだ……!」
鐘楼の鐘が鳴る。
それは哀悼ではなく、歓喜と感謝の音色だった。
光が街路を照らし、人々の顔に新しい朝を刻んでいく。
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王城前広場。
七輝将ガルドは、崩れた外壁の上からその光景を見下ろしていた。
鎧は焦げ、腕には血の跡が残る。
だがその顔に浮かぶのは、戦士の誇りを超えた“安堵の笑み”だった。
副官が駆け寄る。
「将軍、外郭の被害、報告完了しました。
損壊率は三割。市街地には被害なし、民の避難も全員完了です!」
「そうか……」
ガルドは静かに頷き、空を仰いだ。
「……王都は、よく持ちこたえた。あの“光の盾”がなければ、こうはならん。」
兵たちは歓声を上げる。
「王都を守ったぞぉぉぉッ!」
「ガルド将軍、ばんざーい!」
「モルガーナ様も、魔導師団も、みんな無事だ!」
その声が波紋のように広がり、街全体に喜びが満ちていった。
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王城の塔。
モルガーナは杖を片手に、窓越しに朝日を見つめていた。
弟子の一人が駆け寄る。
「師匠! 全域の瘴気反応が消えました! 結界も完全に安定しています!」
「……そう、ね。」
モルガーナの口元に、わずかな微笑み。
だがその瞳は、遠い空の一点を見つめていた。
「王都を焼かずに勝てた……それは確かに奇跡よ。
けれど、本当に“終わった”と思う?」
弟子が戸惑いの表情を浮かべる。
モルガーナは続けた。
「瘴気の残滓が完全に消えていない。
これは“封じた”だけ。
――影は、どこかでまだ呼吸をしているわ。」
その声は、誰にも聞こえないほど静かだった。
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一方、王城の正門前。
暁星のオルフェは部下たちと共に、帰還した騎士たちを迎えていた。
馬上の兵が次々と槍を掲げ、歓声が巻き起こる。
「勝ったぞ! 王都を焦がさずに済んだんだ!」
「火ひとつ上げずにあの化け物を退けるなんて、誰が信じた!」
オルフェは満足そうに笑い、肩にかけた外套を翻した。
「いい光景だな。……これが、俺たちが守りたかった“日常”ってやつだ。」
部下が笑って言う。
「オルフェ様も、ずいぶん穏やかな顔されてますね。」
「たまにはな。」
彼は視線を王城の塔へと向ける。
「……あの魔女の指揮がなければ、結界は保てなかった。
そして――俺たちの背に、まだ“誰か”の影がある。
それがこの都の灯を守ってるんだ。」
オルフェの瞳には、遠い北の空――
レオンたちが向かった古代神殿の方角が映っていた。
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王都の中央広場では、民たちが自然と集まり始めていた。
子どもたちは兵の槍を触り、大人たちは祈りの歌を口ずさむ。
瓦礫の上には花が供えられ、
誰もが心の底から、光を見上げていた。
「英雄たちが……本当に守ってくれたんだね。」
「不死王さまの加護だって噂も出てるけど……」
「違うよ。今は“人の手”で守ったんだ。」
人々の声が溶け合い、
王都は再び“生きる音”を取り戻していた。
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だが、その喜びのざわめきの奥で――
宰相オルヴィンはただ一人、議場の窓辺に立っていた。
彼の前に置かれた測定器が、かすかに脈動している。
青ではなく、紫の微光。
「……影の波動、消えてはいない。」
彼の声は、誰にも届かない独白だった。
遠く、北西の山岳で黒い霧が立ち上る。
その中心で、ダリオス・ヴァルクレストの瞳が再び開いた。
「……ふふ。光が強ければ、影もまた深くなる。
ならば――“影の王”として、私は立とう。」
王都アルシオンの朝は穏やかに始まった。
笑顔が溢れ、鐘が鳴り響き、
光は再び街を包み込んでいく。
だがその光の奥底では――
新たな“夜”が、静かに形を取り始めていた。




