おとぎ話の終わり、事件の始まり
アークライト邸の庭園。
噴水のそばに設えられた白いテーブルで、イリスは友人の令嬢二人と軽やかな茶会を楽しんでいた。
侍女が茶を注ぐ横で、彼女の家庭教師である老学匠が、涼やかな声で物語を語り継ぐ。
「――かつての悪魔王討伐は、今ではおとぎ話として語られるほど遠い昔のことです。
だが、確かにあの日、英雄たちは存在したのです。」
友人の一人が目を輝かせて身を乗り出す。
「悪魔王を倒したのは、イリス様のご先祖でしょう? セリア様!」
イリスは微笑み、静かに頷いた。
「ええ……彼女は勇敢な剣士でした。ですが、独りの力で勝てたわけではありません。」
老学匠はゆるやかに言葉を継ぐ。
「その通りです。あの戦いには三大魔女の一人、モルガーナ殿。
そして森より来たりしハイエルフの乙女、リュミエール殿。
さらに――伝説によれば、不死王レオン陛下。」
「伝説?」と友人の令嬢が首をかしげる。
老学匠は微笑みを深めた。
「ええ、今や伝説です。民が知るのは“若き王”が玉座にあるという事実だけ。
不死の王の話など、古き英雄譚の中にしか残されてはおりません。」
友人たちはうっとりとした表情で囁き合う。
「まるで夢のようなお話ね……」
「本当にそんな方々が今も生きていたなら、どれほど心強いことか……」
イリスは笑みを崩さずにいたが、胸の奥では冷静な思考が燃えていた。
(……けれど、伝説は確かにあった。
そして今は、私たちが国を支えねばならない番――)
彼女が心に誓った瞬間、庭園の外壁の陰。
黒い外套をまとった影が、じっと彼女を見つめていた。
手には黒い護符。その唇がかすかに動く。
「……英雄の血も、影に還る……」
その囁きは届かない。
庭園は穏やかで、友人たちの笑い声と水音が響いている。
だが、静かな日常の裏で、確実に「事件の糸」が動き始めていた。




