焚き火の晩餐 ― 静かな星の下で
夜の帳が降り、焚き火の赤い光が草原を揺らしていた。
風は穏やかで、遠くでは虫の声がかすかに響いている。
セリオはようやく落ち着いた様子で、丸まった背を伸ばし、焚き火に手をかざした。
クラリスは火加減を見ながら、携帯鍋の中に何やら具材を入れている。
香ばしい匂いが、夜気に溶けて広がっていった。
「……ふむ。」
レオンが目を細め、静かに言葉を落とす。
「久方ぶりに、落ち着いた夜だな。」
「ですねぇ……。やっと生きてる実感がします……。」
セリオはぼそりと呟きながら、自分の膝を抱えた。
「でもお腹すきました……。ぼ、僕もう、瘴気のせいで胃まで溶けそうですよ……。」
クラリスはくすっと笑い、鍋の中を木のスプーンでかき混ぜながら言った。
「焦らないの。旅に出てから、あなた“お腹すいた”しか言ってないわ。」
「だ、だって! 死ぬかと思う戦いのあとに食べるごはんが一番美味しいんですから!」
セリオが胸を張って言うと、クラリスは呆れたように肩をすくめた。
そんな二人のやりとりを見ながら、レオンは少しだけ唇の端を上げた。
そして焚き火越しにクラリスへと声をかける。
「……クラリス。」
「はい、旦那様。」
「次の戦いまでに――久しぶりに、“まともな食事”がしたい。
王都のような豪勢な料理とは言わん。だが……お前の手料理が、恋しい。」
クラリスの手が一瞬止まり、頬にうっすらと紅が差す。
「……も、もう……そんな言い方をなさらないでくださいませ。
“旦那様”のその一言で、どんな食材でもご馳走に変わってしまいますわ。」
セリオが即座に突っ込む。
「それ僕も食べていいやつですよね!? ね、ねっ!?」
「もちろんですわ、セリオ。」
クラリスは笑顔を戻し、鍋をぐるりと回した。
「はい、お待たせしました――“旅路のポトフ”、完成です。」
湯気とともに立ちのぼるのは、肉と野菜の優しい香り。
月光を浴びたスープが金色に輝き、焚き火の光を反射していた。
セリオががっつくようにスプーンを突っ込み、口いっぱいに頬張る。
「んん~~~っ!! うまいっ!! しみる~~~っ!!
やっぱり僕、この旅やめられません!」
「ほらね。」
クラリスが微笑み、レオンの方へと器を差し出す。
「旦那様も……どうぞ。冷めないうちに。」
レオンは静かに受け取り、ひと口だけスープをすする。
わずかに息を吐き――穏やかに、笑った。
「……悪くない。
――まるで、百年前に食べた王都の味のようだ。」
クラリスの瞳が柔らかく揺れる。
「そんな昔の味を、覚えておられるのですね。」
「忘れられんよ。
あの時も、戦のあと……同じように仲間と火を囲んでいた。」
焚き火がぱちりと弾け、三人の影を草原に映し出す。
夜風が星を揺らし、どこか遠くでフクロウが鳴いた。
セリオが欠伸をかみ殺しながら、ぼそりと呟く。
「……こういう時間が、一番幸せですよね。
魔物も、教団も、瘴気も……ぜ~んぶ忘れちゃう。」
「忘れられぬからこそ、こうして笑えるんだ。」
レオンの低い声が焚き火の音に混じる。
「――だが、今だけは……少しだけ、忘れていよう。」
三人は黙ってスープをすすった。
炎が小さく揺らめき、空には七つの星がまたたく。
それはまるで、“王国を護る輝き”が、旅人たちの夜を照らしているかのようだった。




