囚われた理由
王都の上空に漂っていた瘴気が散り、静寂を取り戻した研究塔。
崩れた瓦礫の隙間から黒結晶を運び出す魔導師団の手は、まだ震えていた。
フェルディナンド卿が息を整えながら、杖を握り直す。
「……この結晶の性質。そして、同時に狙われたのがアークライト家の令嬢……。
どう考えても、偶然ではありませんな。」
クラリスが眉を寄せる。
「……やはり、“英雄の血”が目的、ということでしょうか。」
フェルディナンドは大きく頷く。
「ええ。セリア・アークライト――かつて悪魔王を討った勇者の血脈。
儀式に利用すれば、王国の“象徴”を汚し、民心を絶望で覆うには十分だ。」
その言葉に、モルガーナが口を挟む。
「ただの生贄なら、他にも候補はいくらでもいる。
……イリス嬢でなければならなかったのは、“象徴”だからよ。
英雄譚を知る人間にとって、その血筋は光そのもの。だからこそ、影は狙う。」
怯え気味のメイリアが口を押さえ、震える声を漏らす。
「そ、そんな……もし儀式が完成したら、王都は……」
リネアは逆に目を輝かせ、黒結晶を指差す。
「じゃあ、この瘴気の“呼吸”も……彼女を中心に動いてるってこと!?
教団がイリス様を核にして、結界そのものを侵そうとしてるんじゃ……!」
セリオは顔を青ざめさせ、両手をぶんぶん振る。
「や、やめてくださいよ! そんな話、本当に当たったらどうするんですか!
あ、あの……ぼ、僕が見た“仮面の男”も、それと……関係してるとか……?」
場が一瞬静まり返る。
レオンは目を細め、深く思案に沈んだ。
「……“英雄の血”を狙う理由は、表向きにはそれで十分だ。
だが……敵は、それだけで動くほど愚かではない。」
その言葉に、モルガーナの眼差しが鋭さを増す。
「……裏がある、と言いたいのね。」
レオンは頷き、結晶の砕けた欠片を手に取りながら、静かに呟いた。
「この影の濁流の奥には……必ず、“別の意思”が潜んでいる。
――イリスが攫われたのは、ただの儀式のためだけではない。」
その場に重い沈黙が落ちる。
だが表向き、誰もが納得できる理由はひとつだった。
――“英雄の血”を狙った誘拐。
それは王都中に広まる報せとなり、民の不安をさらに深めていくのだった。




