暁の魔女の帰還
魔導師団の研究塔、深夜。
瘴気を発する黒結晶を囲む魔導師たちのざわめきの中、突如、重々しい扉が開いた。
「……賑やかね。まるで学生の魔導実験みたい。」
低く艶のある声が響き、場が一瞬で静まり返る。
入ってきたのは、深紅のローブをまとい、長い黒髪を後ろで束ねた女――
モルガーナ・ヴァルディス、かつてレオンと共に悪魔王を討った三大魔女の一人、“暁の魔女”だった。
その後ろには、若い弟子らしき少女が二人。
片方は怯えながら結晶を見つめ、もう一人は好奇心のままに観察していた。
「……モルガーナ。」
レオンの声は低く落ち着いていたが、長い時を越えた重みが滲んでいた。
魔導師たちがざわつく。
「まさか……伝説の……」
「まだ生きておられたのか……」
モルガーナは微笑し、片手を軽く振った。
「噂ばかりが一人歩きしてたみたいね。まあ、そういうのは嫌いじゃないけど。」
彼女の鋭い眼差しが結晶に注がれる。
「……これは放っておけば“魔の疫病”になるわ。瘴気が土や水にまで染みれば、王都全体が腐り落ちる。」
フェルディナンド卿が杖を握りしめる。
「やはり、そうか……」
弟子の一人が恐る恐る声を上げた。
「師匠……あの瘴気の脈動、まるで呼吸みたいです……誰かが“生かして”いるのでは?」
モルガーナは頷き、レオンに視線を向ける。
「ええ。その通り。……影の教団だけじゃない、もっと深い繋がりがあるわね。
――でも、私はもう一人で戦う気はない。」
モルガーナは弟子たちを背にかばい、ゆるやかに微笑んだ。
「レオン。あの時と同じように、またあなたの隣で戦わせて。
今度は、この子たちに“未来”を見せるために。」
研究塔の空気が一瞬、凍りついた。
周囲の魔導師団員たちがざわめく。
「……れ、レオン? 今、“ノエル”様ではなく……?」
「まさか……本名……?」
重苦しい沈黙が広がる中、誰よりも先に反応したのはフェルディナンド卿だった。
老学匠の瞳が大きく見開かれ、次の瞬間、杖を握る手が震え始める。
「レオン……モルガーナと並び立つ者……伝承に記されたその名……」
彼は息を荒げ、結晶の瘴気よりも熱を帯びた声音で続けた。
「まさか……! “不死王レオン”……!? 千年前の悪魔王討伐譚――おとぎ話としてしか伝わっていなかった存在が……今ここに!」
周囲の魔導師たちは息を呑み、互いに顔を見合わせた。
「……嘘だろ……」
「だが、フェルディナンド卿が口にされた……」
「もし本当に伝説が実在するなら……」
塔の空気がざわめきに満ちる中、レオンはほんの僅かに眉をひそめた。
その眼差しは冷静さを保ちながらも、どこか煩わしさを帯びている。
「学匠卿……」レオンの低い声が響く。
「伝承と現実を混同するのは、学者の癖としては度が過ぎるな。」
しかしフェルディナンドは一歩も引かず、瞳を輝かせ続けた。
「いいえ……この声、この眼差し……そしてモルガーナ殿が“レオン”と呼ぶ姿……! 疑いようがありません! 記録は真実だったのです! 伝説はここに甦ったのだ……!」
モルガーナが小さく笑みを浮かべる。
「さすが記録魔の学匠卿。察しがいいこと。」
そのやり取りに、弟子の少女二人は困惑して顔を見合わせた。
怯えるメイリアは小さな声で呟く。
「ふ、不死王って……人を超えた存在、ですよね……?」
一方、リネアは瞳を輝かせて身を乗り出す。
「すごい……本物の伝説が生きてるなんて! 師匠、やっぱりすごい人と並んでたんだ!」
レオンはため息をつき、肩をすくめる。
「……どこまでを信じるかは、諸卿に任せよう。ただ一つ言えるのは――“今ここにいるのは宮廷画家ノエル”だ。」
その言葉にフェルディナンドは目を細め、しかし笑みを抑えきれぬまま、深く頷いた。
「……ええ。ならば“記録”として残しておきましょう。真実は、後世が証明してくれます。」
研究塔の空気は、黒結晶の瘴気以上に熱を帯びていた。
伝説の影が、確かに現実と交わっていることを、誰もが肌で感じ取っていた。
今日もありがとうございます。この章のストーリーは出来ているので、また明日チェック終えた後に連続更新します。
よろしくお願いします。




