二つ首の影蛇
王都を出てしばらく進んだ南方街道。
鬱蒼とした森の影が伸び、旅人たちの姿も消え始める頃。
「……お、お願いだから出ませんように……」
馬車の中でセリオは祈るように手を合わせていた。
クラリスは半眼でそれを眺め、呆れたように肩をすくめる。
「何度“出る”って予言しておいて、まだ希望を捨てないのね。」
「だって! だって、予言が外れたら平和じゃないですかぁぁ!」
その瞬間――。
森の奥から、不気味な地鳴りが響いた。
木々がなぎ倒され、土煙が上がる。
「ひぃいいっ!! 来たあああああああ!!」
セリオの叫びと同時に、街道へと躍り出たのは――二つの蛇首を持つ、巨躯の魔獣だった。
胴体は馬車をも呑み込む太さ、全身には黒い結晶が浮かび上がり、二つの口からは瘴気の霧が溢れている。
赤黒い瞳がギラリと光り、蛇の一首が馬を狙い、もう一首が兵士の槍を薙ぎ払った。
「ぎゃあああ!」
兵士は盾ごと吹き飛ばされ、槍は砕け散る。
レオンは静かに馬車から降り立ち、低く言った。
「――影晶による変異体か。見た目通り、ただの魔獣ではない。」
クラリスが一歩前に進み、細剣を抜く。
「旦那様、舞台はお任せください。」
「……頼む。私は、万一に備えて周囲を見張ろう。」
彼女は大地を蹴り、空気を切り裂くように駆けた。
「――月華流舞・二型《白鶴の一閃》!」
銀光の刃が円を描き、まるで月の光輪のように蛇首へ突き刺さる。
蛇が咆哮し、首を大きく振り回す。
「きゃあああっ!?」
「クラリスーっ!! 無茶ですってばぁぁ!!」
セリオは頭を抱えて転げ回るが、当の本人は舞うように軽やかに回避し、もう一首の目を狙って閃光を走らせる。
「美しい……」
レオンが一言、呟いた。
クラリスは軽やかに空へ跳び、剣先をくるりと返して蛇首の結晶を突き砕く。
「これで一つ!」
だが残ったもう一首が彼女の背後から襲いかかる。
「クラリス、後ろ!」
レオンが声を上げた瞬間、瘴気の牙が迫った――
セリオが悲鳴を上げて身を投げ出した。
「やめてええええっ!!」
その叫びに驚いたのか、蛇首が一瞬動きを止めた。
「……ナイス悲鳴。」
クラリスが振り向きざまに剣を振り抜き、結晶の核を貫いた。
轟音と共に、二つ首の影蛇は瘴気の霧に溶け、黒い結晶の欠片を残して崩れ落ちる。
セリオはその場にへたり込み、涙目でわめいた。
「ぼ、僕のおかげじゃないですか!? い、命を張った悲鳴だったんですよ!? 褒めてくださいよぉ!!」
クラリスは剣を収め、涼しい顔で答える。
「ええ、確かに役立ったわね。……囮としては完璧だったわ。」
「ひどい! 僕は囮になるために生まれたんじゃないですううう!!」
レオンは静かに欠片を拾い上げながら、淡く笑った。
「……恐怖すら、力に変えられるものだ。悪くない。」
こうして一行は、影晶に侵された新たな魔物を討ち果たした。
だが黒い結晶はなお脈動し、不穏な気配を漂わせていた。




