宰相の密命
重厚な執務室の空気が沈黙に包まれた。
オルヴィンは机の上の封蝋を一つ手に取り、静かに開封する。
中から取り出したのは、黒い結晶片を封じた小さな箱だった。
「……これは昨夜、王都へ搬入された交易荷から押収したものだ。」
宰相の声が低く響く。
「影晶。奴らがばらまく瘴気の核だ。だが問題は……この荷の“送り状”に、辺境軍の印が押されていたことだ。」
クラリスが目を細める。
「辺境軍……つまりダリオス辺境伯の領から?」
オルヴィンは頷きつつも声を抑える。
「公には発せぬ。だが、妙だと思わぬか。辺境からの補給路を使って影晶が王都近郊に入り込んでいる。
……偶然か、それとも意図的か。」
セリオが青ざめ、椅子の背にしがみつく。
「い、意図的って……つまり……裏切り!? そんなの、もし本当だったら……王国が真っ二つに――」
「静かに。」オルヴィンの声が鋭く遮った。
「断定はまだ早い。だが“臭う”のだ。辺境軍は影の教団と通じているのかもしれん。」
レオンは黙って黒い結晶を見つめていた。
その蒼い瞳に、かすかに冷たい光が宿る。
「……証拠は欠片。だが“疑念”は確かにある、ということだな。」
オルヴィンは視線を落とし、さらに囁くように続けた。
「イリス嬢が狙われた理由も、そこに繋がるやもしれぬ。
“英雄の血”を奪い、王都を混乱させ、その隙に誰かが得をする――。
……考えよ、ノエル殿。」
クラリスが口を開く。
「つまり、我々に求められるのは……イリス様の救出と、影の教団の動向調査、そして辺境軍の真意を探ること。」
オルヴィンの瞳がわずかに細められる。
「――その通りだ。表向きは“教団追撃”の命を授ける。だが裏の真実は……貴殿にしか任せられぬ。」
緊張が走る中、セリオだけが震え声をあげた。
「ぼ、僕……帰っていいですか? 裏切りとか陰謀とか、胃に悪すぎるんですけど!?」
クラリスがため息をつき、肩を軽く叩いた。
「セリオ。もう乗ってしまった船よ。逃げ場なんて、とっくにないの。」
「ひ、ひぇぇぇ……!」
そのやり取りに、レオンの口元がわずかに緩んだ。
だがすぐに鋭い光を取り戻し、静かに応じる。
「――了解した。闇の糸を辿り、真実を暴きましょう。」
オルヴィンは深く頷き、封筒を机に置いた。
「ではこれを。密偵の報告と、影晶の流通経路が記されている。……真実に近づけ。」
重苦しい空気の中で交わされたその密命が、やがて王国を揺るがす「影と裏切り」の真実へと繋がっていくのだった。




