揺らぐ均衡を見つめて
馬車の揺れに合わせて、イリスは窓の外をじっと見つめていた。
見えるのは森の闇と、わずかな月光だけ。
だが彼女の心は、遠く離れた王都と、そこで渦巻く政争へと向かっていた。
(……北方連邦。山岳を背にした国々。
彼らとの交易が絶たれれば、武具も鉄も途絶える。
東方の森のハイエルフは中立を掲げているが……影に侵されれば均衡は崩れる。
西の荒野諸国は、常に戦火を孕む不安定な地。
そして――南方帝国。交易の友好国と見せかけて、覇権を狙っている……)
彼女は父セオドリックの姿を思い浮かべた。
評議会で重鎮たちを抑える威厳ある姿。
だが同時に、その背後で派閥同士が互いを牽制し合っている光景も思い出す。
(外に敵、内に争い。――そんな時に、私が“影”に奪われた。
これは偶然ではない。王都を揺るがすための、仕組まれた一手……)
その瞬間、脳裏にあの声が蘇る。
――「辺境」という言葉。
囁いたのは、彼女を攫った黒布の男たちの一人だった。
(辺境伯ダリオス……? まさか……。
いや、証拠もない。ただの思い過ごしかもしれない。
けれど……影の教団が動く裏に、辺境の力が絡んでいるとしたら……?)
イリスは両手をぎゅっと握りしめ、胸の奥で誓う。
(たとえ囚われていようとも、私はただの象徴ではない。
――この国を守るために、必ず真実を見極める。)
馬車は軋みを上げながら暗い森を進む。
夜風が窓をすり抜け、彼女の瞳に冷たくも鋭い光を宿らせていた。




