馬車の中の国際情勢
街道を進む馬車の中。
焚き火の宴で笑い合った余韻が残っているものの、三人の話題は自然と国の行く末へと移っていった。
クラリスが窓越しに夜空を見やりながら、静かに口を開く。
「……王都の治安が乱れるのも、影の教団だけのせいではありません。
周辺諸国との関係もまた、国を揺るがす要因となり得ます。」
セリオは背筋をぴんと伸ばし、顔を青ざめさせる。
「ま、また怖い話ですか!? ぼ、僕の心臓もう一個しかないんですけど!」
クラリスはくすりと笑みを漏らし、続ける。
「まず北方連邦。山岳国家群で、ドワーフたちと交易を行っています。
彼らとの関係は堅実ですが……山脈を越えて侵攻を受ければ、防衛は容易ではありません。」
「うわっ、山からオークとか出てきたらどうするんですか!? 僕、登山すら無理ですよ!」
セリオが慌てふためくと、クラリスは肩をすくめた。
「安心なさい。あなたに登山は求めませんから。」
レオンが笑みを抑えながら補足する。
「東方の森はハイエルフの領域だ。彼らは中立を保っているが……影の動きに応じては、均衡が崩れる可能性もある。」
セリオは目を丸くする。
「え、ええ!? 森からエルフがどさっと来たら……僕、即座に土下座しますよ!」
クラリスが呆れたように吐息をつきつつも微笑を浮かべた。
「エルフ相手に土下座……新しい交渉術かもしれませんね。」
さらにクラリスは続ける。
「西の荒野諸国は戦乱が絶えず、侵攻の危険地帯。……ここが最も警戒すべき場所です。」
「えぇぇ!? え、戦乱!? 侵攻!? もうダメです、寝ます! 聞かなかったことにします!」
セリオは馬車の隅で膝を抱えて小さく丸まる。
「無駄な抵抗です。」
クラリスが冷ややかに言い放ち、レオンが小さく笑った。
そして最後にクラリスが口を引き結び、少し声を落とす。
「南方帝国。交易の友好国とされていますが……裏では覇権を狙っている、という噂もあります。」
セリオは頭を抱え、叫ぶ。
「もう四方八方から敵じゃないですかぁぁぁぁ! 僕、どこ逃げればいいんですか!? 地下ですか!? いや地底人とか出そうだし!!」
クラリスが剣の柄に手を置き、涼やかな声で言う。
「安心しなさい、セリオ。逃げる必要はありません。――私と旦那様が斬り払いますから。」
「えぇぇぇ! 斬り払う!? 僕の心臓まで斬れちゃいますってぇぇぇ!」
レオンは静かに盃を置き、月光を背に呟いた。
「……恐怖は生き延びる知恵でもある。だが安心しろ、セリオ。君の声がある限り、我らは道を見誤らない。」
「うぅ……かっこいいこと言ってるのに、なんで僕は涙目なんですかぁぁ!」
馬車の中には、笑いと緊張が入り混じった、不思議な温かさが広がっていた。




