宮廷画家ノエルと呼ばれて
影狼の死骸は瘴気とともに霧散し、ただ黒い結晶の欠片だけが残された。
それを兵が慎重に布で包み取る頃、村人たちは震える足で避難所から戻ってきた。
「助かった……! 本当に助かったんだ……!」
「ありがとう、旅のお方!」
泣きじゃくる子どもを抱いた母親が、クラリスの手を強く握る。
「あなたがいてくれなければ、あの子も……」
クラリスは少し驚いたように目を瞬かせ、柔らかな笑みを返した。
「お守りするのが私の役目です。どうかご安心を。」
一方、レオンのもとには村長らしき老人が歩み寄ってきた。
背を丸め、震える声で頭を垂れる。
「旅のお方……いや、もしや宮廷画家ノエル様では……? 王都で噂を耳にしたことがございますぞ。絵の才を持ち、各地を巡るお方だと……」
その言葉に、周囲の村人たちの目が一斉に輝く。
「やっぱりそうだ! 本物のノエル様だ!」
「王宮に仕える御方が、我らの村を助けてくださるなんて……!」
レオンはゆるやかに微笑み、首を横に振った。
「礼は不要だ。私はただ、旅の道すがら手を貸しただけ。」
その声には柔らかさがある一方で、どこか突き放すような気配もあった。
だが、クラリスが横から割って入る。
「お気持ちだけで充分です。旦那様は偉そうに見えて、実は食事に弱いんです。」
村人たちが一瞬ぽかんとした後、笑いがこぼれる。
「はは……なら、村一番の料理をお出ししましょう。」
「旦那様、食べ物で買収されてますよ。」
「……クラリス、余計なことを言ったな?」
「事実ですから!」
やがて村の広場に簡素な宴が設けられた。
香ばしい肉と新鮮な野菜の匂いが漂い、緊張に覆われていた空気は少しずつ和らいでいく。
その場で、若い娘たちが次々とレオンに声をかけてきた。
「宮廷画家様、ぜひ私を描いてくださいませんか?」
「私も! こんな機会、二度とないかもしれません!」
「まぁ、順番ですよ!」
取り囲む女性たちの熱気に、クラリスは頬を膨らませて腕を組む。
「……旦那様、さっきより人気が急上昇してません?」
「……困ったものだ。」
レオンは苦笑を浮かべるが、どこか諦めたように杯を傾ける。
その輪の中で、クラリスは子どもに囲まれ、舞うような剣さばきを真似て見せていた。
「こうやって、すっ……と回って、剣を振るの!」
子どもたちの瞳は星のように輝き、歓声が響く。
レオンは遠くからその様子を眺め、女性たちの声を受け流しながら静かに微笑んだ。
「……守るべき光、か。」
その穏やかな表情の裏で、彼の心の奥底には暗い影が忍び寄っていた。
“これほど周到に仕組まれた影……王都を覆う闇は、まだ序章に過ぎぬ。”
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