温室
私室に設定されていた有事の際の転移陣は、アーリヤ国にある私の部屋へ繋がっている──という話を、ジークから聞いていた。一度使うと、しばらくの間は使えなくなるらしい。
急に帰って来た私に驚いて、城の者達は右往左往していた。記憶の無い私は、初めて来た場所に戸惑い、近くにいたメイドに何も言わずに、部屋を出た──しばらく歩いていると、中庭を眺められる回廊に出たが、そこで反対側から歩いて来た見知らぬ青年が、私を見て驚いた顔をしていた。
「もしかして、あね──兄上ですか?」
そう言えば、ノートにはスピンズ王子は2才年下で、ピンク色の髪に白い肌、ブルーの瞳に、年の割に可愛らしい格好をしていると書いてあった──彼がスピンズ王子に違いない。
「もしかして、スピンズ王子?」
「スピンズ王子?」
「すまない、記憶が無くて──でも、君を探していたんだ」
「え?」
「違った?」
「いえ、私です」
「こちらの国へ戻ってきたことが、ばれたら不味い。どこか別の場所で話せないか?」
「姉上って、今、国王ですよね?」
「そうだな」
「良かった。それは、覚えてるんですね」
「ええと、何処か話せる場所は……」
「城を抜け出してきたんですね? 姉上、こっちです」
城を抜け出してきた私も私だが、それをあっさりと受け入れてしまう自分の弟──ではなく、キースの弟に半ば呆れつつも、助かったと思いながら、スピンズ王子の後をついて行った。
見たことのない城の廊下を何度も曲がると、庭へ繋がる扉があった。扉の先には広い庭が続いていて、少し丘を登った所に、ガラス張りの温室みたいな小屋があった。
「ここは、姉上のお気に入りだった場所ですよ」
「……そう」
温室の中には、色とりどりの珍しい花が咲き誇っている。その隅に、隠れるようにテーブルと椅子が2脚置かれていた。




