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記憶喪失

　私は窓から顔を出して目の前の道を塞いでいる土や岩を見つめながら、馬車の中にいること自体が危険な状況ではないのかと思ったが、今さら慌てても仕方がないと思い、さっきノーム様からもらったノートを広げて読んでいた。

　小さなノートに文字がびっしりと書かれていて、とにかく読むのが大変だったが、どうやら私は国王の命でカルム国を新しく建国するために、領地へ向かっているところのようである。

（専属護衛騎士がユリウス・マーベル。さっきまで馬車の中にいた人だろうか？　ジーク・コックスが先に現地に入って建国のために動いていると書いてあるけど──正直言って、この内容でキース王に成りすますのは無理がある）

「陛下、ご無事でしょうか？」

　先ほどの騎士が戻って来たのか、いつの間にか、窓の外からこちらを覗き込んでいる顔があった。

「うわっ、びっくりした」

「驚かせてしまい、申し訳ありません」

　茶色い髪を短く刈り上げた美男子は、どこかライナス様を想起させるような笑顔を振りまいた。

「今日は顔色がいいですね。元気になられたようで良かったです」

「その、君の名前は何と言うんだ？」

　私は腹を括った。このノートだけでは、そのうちボロが出るだろう。それならば、いっそのこと、何も知らなかったことにすればいい。

「え？　ユリウス・マーベルですよ、陛下」

「すまないが、目を覚ます前の事は何も覚えていないんだ。君の事も、なぜ馬車に乗っているのかということさえも」

　私がそう言うと、彼は目を大きく見開いたあと俯いた。表情は見えないが、顔が青ざめていることだけは分かった。

「ひとまず、馬車でお休みください。私は山から落ちてきた岩を動かして参りますので……」

　彼は踵を返すと、道の先にある岩をどかすために、街道へ戻って行った。