やり直しのきかない人生
数日後。復活したジュールの献身的な働きぶりは、城の中でも噂になっていた。次期王配になるのではないかと噂する人もいて、周囲の私達を見る目は、自然と変わっていった。
「キース様!!」
いくら仕事を振っても、たちどころに終わらせてしまうジュールには、尊敬を通り越して恐れを感じていた。この人は本当に、自分と同じ人間なのかと疑いたくなるほどだ。
「私、キース様が記憶喪失だってこと聞きました。今まで知らなくて、すみません。私でお役に立てることがあれば、何でも仰ってください」
政務官の執務室から仕事場へ戻る途中、ジュールに呼び止められた私は、中庭の見える回廊で立ち止まった。
「ありがとう、私は大丈夫だ」
「今度一緒に、街へ買い物に行きませんか? アーリヤでは、よく城を抜け出して一緒に買い物へ行ったりしてたんですよ」
そう言いながら、ジュールは私が首からぶら下げているペンダントを見つめていた。
「まさかと思うが、これは……」
「はい。私がプレゼントしたものです。今でも身につけていてくださって嬉しいです」
ジークから聞いた話では、私が普段つけているペンダントは、魔力封じの魔術が付与された魔術具だという話だった。普通の人間がつければ、魔力を封じることが可能になる魔術具だったが、キースの魔力量は抑制されていても、桁違いに多かったのか、ペンダントをつけていても、あまり効果は感じられ無かった。
民を傷つけてはいけないという思いから、キースが自身で身に着けていた物だと思っていたが、まさかジュールからの贈り物だとは思わなかった。
「すまない。何も──何も憶えてないんだ」
「大丈夫ですよ、キース様。少しずつでいいんです」
「そうじゃない。たぶん思い出すことは、難しいと思う」
難しいどころか、今ごろ本当のキースは別の世界へ転生しているだろう。私が顔を上げると、ジュールは切なさそうな顔をした後に、私を抱きしめていた。
「すみません。今まで辛かったですよね。私があんな状態で──本当は、私が側にいて支えるべきなのに、キース様は怒るどころか、私に生きる力を与えてくださった」
そう言うと、ジュールは私の額にキスをした。払い除けようとした時には、既に遅かった。
再びジュールに抱きしめられそうになった私は、思いきり彼を突き飛ばしていた。
ジュールは床に尻もちをつき、信じられないものを見る様な顔つきで、私を見上げた。
「すまない。私はもう、君の知っているキースじゃないんだ。悪いが、今までの事は全て忘れてくれ」
「キース様? 仰っている意味が分かりません。申し訳ありません。私、何か気に障ることでも言いましたか?」
「すまない。一人にしくれないか? これ以上、君を傷つけたくないんだ」
「分かりました。また1からやり直せばいいんですね」
「いや、そういうことでは……」
「私が好きなのは、あなたの地位でも見た目でもありません。キース様本人なんです!! 絶対にあきらめません。例え記憶を失っていても──何度でも、貴方を振り向かせて見せます!!」
「え、ちょっと……」
(私は、キースじゃないの。全くの別人なのよ?!)
気がつけばジュールは、何処かへ走り去っていた。私は彼の気持ちに答えられない自分自身の気持ちを考えて、申し訳ないと思っていた。
その気持ちを振り切るように頭を振ると、仕事をするために執務室へ戻ったのだった。




