ネモフィラ嬢とのお茶会
次の日のお昼頃に迎えに来た伯爵家の馬車に乗って、私はカルム領主の屋敷へ来ていた。屋敷へ着くと、メイドの他にジェイド──ではなく、ネモフィラ嬢が私を出迎えてくれた。
「キース様、お庭でお茶でもいかがですか? 小さいですけど、テラスから庭が眺められますし、今の時期はリリカルが咲いていて、ちょうど見頃なんです」
「いいわね」
私はジェイドの令嬢っぷりに、笑いを堪えることが出来ず、そう答えるので精一杯だった。
庭へ着くと、ちょうどメイド達がティーカップやケーキスタンドを用意し終わったところで、私達が近づくとメイド達は一礼をして去っていった。
「座ってください、アイリス様。じゃなかった、キース様」
「モネ、私も間違えてしまいそうになるわ。いつかは慣れるのかしら」
「俺達、慣れるほど自由に会えなさそうですけど、そのうち慣れるんじゃないですか? それより、アイリス様!! なぜ今日はジーク様が一緒じゃないんですか? 出来れば一緒に来てくださいと言ったでしょう?」
「出来れば、でしょう? 仕方ないじゃない。ジークは城の建設にも関わっていて、仕事があるって言われれば、無理に連れて来れないわよ。それに、ユリウスなら来ているわ」
ユリウスは庭園の片隅にある池の前で、私達の様子を伺っていた。ネモフィラ嬢と私は、庭園で優雅にお茶をしていたが、話している内容は微妙だった。
「あの人が、オーベル様じゃないかと思ったんですけど」
「え? ジークが? 少し違う気がするけど」
「何というか──完全に勘なんですけど。後は、たまに俯いてるのが気になるんですよね」
「俯いてると、気になるの?」
「たぶん、他の人の歩き方を見ているんじゃないかと思うんです」
「あっ、そうか。オーベル様の、人の歩き方で誰だか分かるっていう、特技ね。ねぇ、ずっと気になってたんだけど、ジェイドはオーベル様と付き合ってたの?」
「まさか。俺には、職を失うリスクを冒してまで、告白なんて出来ないですよ」
「やっぱり、好きだったんだ」
「『推し』ですよ、推し!! オーベル様だって分かってたら、キース様だって安心じゃないですか? 消去法ですよ、消去法」
真っ赤な顔で全否定をするジェイドを見て、これは何を言っても無駄だろうと思った。
「確かに、ジークがオーベル様だったらいいな、とは思うけど」
「でしょう?」
二人で暫く話をしていたが、話の途中でユリウスが、慌ててこちらへやって来た。
「陛下。ご歓談中、申し訳ありません。城の外装工事が終わったようです。一度、城まで見に来て見て欲しいと、ジークから伝書鳩でメッセージが届いております」
「分かったわ」
「じゃあ、私も一緒に──」
「どうやら、ジュール様が到着して城の中にいるようなのです。申し訳ありませんが、ネモフィラ様は、またの機会でお願い致します」
「分かりましたわ」
「え? ジュール様って誰なの?」
「陛下には、馬車の中で説明致します。行きましょう」
「モネ、またね!!」
私が手を振ると、ネモフィラ嬢も手を振り返してくれた。お嬢様として褒められた態度ではなかったが、あれで中身の半分がジェイドであることを、周りに隠せているのだろうかと、不思議に思ったのだった。




