八
清州城下は、突如として訪れた異形の美しさに沸き立っていた。
白羽の陣羽織を翻す上杉謙信の姿は、まさに天下無双の美将と呼ぶにふさわしい。その横には、若き武将・前田慶次の姿があった。赤い陣羽織が朝日に映える様は、まるで浮世絵から抜け出してきたかのよう。
千鶴は城砦から、その光景を見下ろしていた。
「謙信様、お気を付けて」光秀が眉をひそめる。「あの方、城内の宿割りが気に入らなければ、直接打ち合わせを要求されかねない」
「いえ」千鶴は意外な事実を告げる。「謙信様は『戦国武将品評録』の愛読者として知られています。きっと、私たちの意図を...」
その時、慶次の声が城内に響き渡った。
「これぞ山県昌景殿を描いた『越後絵巻』の最新作!城下の皆、見てくれ!」
千鶴たちは愕然とする。慶次は城下で、堂々と同人誌の内容を披露していた。しかも、その手には明らかに『越後絵巻』のコピー本が。
「あの方」光秀が呆れたように呟く。「相変わらず型破りな...」
「いや」謙信の声が、不意に後ろから聞こえた。「慶次の率直さは、武将として、そして同人作家として、見習うべきところがある」
「え?」千鶴たちが振り返る。
上杉謙信は、いつの間にか城砦に上がっていた。その手には、丁寧に包装された書物の束。間違いなく、即売会...いや、同盟会議に向けた「準備品」である。
「千鶴殿」謙信は穏やかな微笑みを浮かべる。「噂には聞いていた。織田家の姫君は、文化人としても優れた手腕をお持ちだと」
千鶴は言葉を失う。城下では、慶次が熱心に自作の同人誌を解説し続けていた。その周りには、ひそかな同志たちが集まりつつある。
「困ったものですな」光秀が頭を抱える。「これでは、私たちの密かな企みが...」
「いや」謙信が静かに言う。「それこそが、新しい時代の幕開けなのかもしれん」
千鶴は、はっとして謙信を見上げた。その瞳に浮かぶ確信。そして、城下で自由奔放に同人誌を語る慶次の姿。
二人の美将が、それぞれの形で示す「文化」への想い。それは、千鶴の胸に新たな決意を灯した。
この「同盟会議」は、もはや単なる密やかな集いではない。それは、戦国の世に新たな風を吹き込む、大きなうねりとなるのかもしれない。
「千鶴様」蘭丸が慌ただしく駆け込んでくる。「城下で、噂が...」
城下町は、かつてない活気に沸いていた。慶次の周りには、ますます人が集まっている。そして、その熱気は、清州城全体を包み込もうとしていた。