四
「なんと申されました?」千鶴の声が上ずる。「上洛してくる大名家の面々が、城下町に宿を」
「はい」光秀が神妙な面持ちで説明を続ける。「即売会の時期と重なってしまい、町内の宿がすべて埋まりつつあるとのこと。このままでは参加者の方々が」
「これは由々しき事態」利家が眉をひそめる。「加賀からも大勢の同志が参るはずなのに」
三人は顔を見合わせた。戦国の世とはいえ、即売会に集う同志たちの多くは身分ある者たち。適切な宿の手配は、彼らの面目に関わる重大事である。
「しかし」千鶴が思案顔で言う。「このような話を信長兄上に...」
その時、襖が勢いよく開かれた。
「何を兄上に言えないというのだ?」
「に、信長様!」光秀と利家が慌てて平伏する。千鶴も急いで礼を取ろうとしたが、
「待て」信長が制止の手を上げる。「今の話の続きを聞かせよ」
重苦しい沈黙が流れる。千鶴は観念したように顔を上げた。ここまで来れば、正直に話すしかない。しかし、その前に...。
「兄上こそ」千鶴は小さな勇気を振り絞る。「『織田信長英勇記』の最新刊は、お手元に?」
信長の表情が強張った。背後の蘭丸が思わず息を呑む。
「ほう...」信長はしばし沈黙の後、急に大きな声で笑い出した。「はっはっは!さすが我が妹!察しがいい」
「信長様?」光秀が恐る恐る顔を上げる。
「実はな」信長が声を潜める。「この即売会の件、私も知っておった。否、むしろ...」
「まさか」千鶴の目が見開かれる。
「そうだ」信長の表情が誇らしげに変わる。「『織田信長英勇記』、企画したのは私だ」
「えええっ!」思わず三人が声を上げる。
「だが」信長は素早く真面目な表情に戻った。「これは極秘事項だ。織田家の面目に関わる」
「は、はい!」三人が揃って答える。
「で、宿の件だが」信長が意外な提案を口にする。「清州城の空き部屋を、臨時の宿として提供してはどうだろうか」
「まさか、それは」千鶴が驚いて声を上げる。
「むろん、表向きは美濃攻めに向けた同盟会議という名目でな」信長の目が意味ありげに光る。「これほど多くの大名家の面々が集まる機会は稀だ。政も、遊びも、そして...」
彼は一瞬言葉を切り、「同人文化も」と小声で付け加えた。
千鶴は感動に目頭が熱くなるのを感じた。兄は、やはり信頼できる同志だったのだ。
「しかし」光秀が慎重に進言する。「これだけの方々を城内に...」
「そこで登場するのが」信長が光秀を見る。「名軍師、明智光秀殿じゃ」
「え?」
「宿割りの計画を立ててもらおう」信長の指示は的確だった。「身分や立場を考慮しつつ、同好の士同士が交流できるよう、絶妙な配置を頼むぞ」
光秀の目が輝いた。「お任せください!」
千鶴は感動で言葉を失っていた。しかし、それは新たな試練の始まりでもあった。なぜなら...。