三
「千鶴様、前田利家殿がお見えです。」
侍女の声に、千鶴は思わず立ち止まった。まさか、先ほどの縁談の件で、こんなに早く...。しかし、応接間に通された彼女を待っていたのは、想像以上に意外な光景だった。
前田利家は、周囲を何度も確認すると、懐から一枚の紙を取り出した。
「千鶴様、これをご覧いただきたく」
差し出された紙には、見事な筆致で甲冑を着た武者が描かれている。それも、ただの武者絵ではない。千鶴の目が見開かれた。これは間違いなく...。
「まさか、これは利家様の...」
「はい」利家は頬を少し赤らめながら答えた。「拙者の同人絵でございます。『戦国コスチュームデザイン図鑑』と題して、各武将の甲冑装束を研究し、描きためているものにて」
千鶴は息を呑んだ。目の前の若き武将は、自身も「オタク」の同志だったのである。しかも、その絵の腕前は素人離れしていた。
「素晴らしい出来栄えですわ」千鶴は思わず本音が漏れる。「特に具足の細部の描写が緻密で」
「お気に召していただけましたか!」利家の目が輝く。「実は、甲冑は単なる防具ではなく、武将の個性や美意識を表現する芸術品でもあると常々考えておりまして」
二人は夢中で甲冑デザインの話に花を咲かせた。利家は千鶴が同人活動をしているという噂を耳にし、自分の作品を見せに来たのだという。そして彼もまた、来月の京での即売会に参加を予定していた。
「千鶴様」利家は真剣な表情で言った。「実は、縁談の話には別の意図もございまして」
「別の、意図?」
「はい。拙者、加賀の地にて『戦国コスプレ同好会』なるものを密かに主宰しております。同志の皆と共に、研究した甲冑の復元や着用を」
千鶴は目を輝かせた。「まあ!それは素晴らしい。その...もしや、私にも」
「ぜひ共に活動していただきたく!」利家は熱心に続けた。「千鶴様の絵心と知識があれば、きっと素晴らしい作品が」
その時、廊下から急ぎ足の音が聞こえた。二人は慌てて姿勢を正す。が、入ってきたのは明智光秀だった。
「これは失礼」光秀は一礼すると、声を潜めて続けた。「実は京からの緊急報告がございまして。即売会の会場が...」
千鶴と利家は息を呑む。光秀の表情には焦りが見えた。
「なんと、前回の倍以上の参加申し込みがあったとか。このままでは会場が手狭になると」
三人は顔を見合わせた。そして、千鶴の心に一つの決断が芽生え始めていた。この縁談を、単なる政略結婚としてではなく、新たな可能性として受け止めるべきではないだろうか。
しかし、その決断を固める前に、もう一つ大きな問題が持ち上がることになる。