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誰カガ見タ夢

 夏休みが終わって、私は嫌な噂を聞いた。

「ねえ、知ってる?」

「何を?」

「この学校の誰かが死んだんだって」

「えっ。マジ?」

 トイレの前を通りぬけようとした時に、思わず足を止めた。

 誰かが死んだ?

 

 いい話ではない。

 むしろ悲しい話だ。

 でも知り合いではない、何処の誰とも知れない噂話に私は、悲しいという気持ちよりも、興味が湧いた。一体死んだのはどこの誰で、何故死んだのだろうかと。

 しかし会話していたヒトの声は、噂話を止めてしまったのか、声を潜めてしまったのか聞こえてこない。中に入って聞いてみたい気持ちもあるけれど、人が死んだという話なので、面白半分で聞くことに後ろめたい気持ちもある。

 なので私はトイレの中にまで入って噂を聞き出すのは止めて教室に向かった。


 夏休みが終わって、教室にいる皆はだるそうだ。

 学校なんて行きたくない。早く次の休みが待ち遠しい。そんなだらけた空気が流れている。

「ねえ、この学校の誰かが、夏休み死んだって噂聞いたことある?」

「えっ? なにそれ」

 皆、娯楽に飢えている。

 今まで自由だったのに、毎日学校の机に決まった時間向かって、勉強をする生活が窮屈なのだ。だから興味を引く話題ならどんなものにだって飛びつく。

「よく知らないんだけど、そんな話をしている子がいたんだよね」

 たまたまトイレの前を通った時に聞いた話。

 本当なのかどうかも分からないし、誰が話していたのかも分からない。

 実際に知り合いの死として認識していない、恐怖の薄いそれは、ただの興味を引ける話題でしかなかった。


 瞬く間にクラス全体に噂が広がった。

 『この学校の誰かが夏休みに死んだらしい』

 次の日には、通学班の子も話していた。もしかしたら、もっと詳しい話を知っているかもしれない。

「ねえ、誰が事故で死んだの?」

「誰かは知らないけど、川出流されたって聞いたよ。やっぱり川ってやべぇな」

「えっ。俺、プールでおぼれたって聞いたけれど」

「なんかそういう事故って、最近よく聞くよね」

 よく聞くと言っても、テレビの中での話だけれど。

 テレビをつける度に、プールや川、海の死亡事故が放送される。だから、なんかすごく多い気がする。


「えっ。私は、自殺だって聞いたよ?」

「マジで?」

「誰かは知らないけれど」

 自殺なのか、事故なのか。

 どっちだろうと、皆で話す。

 そんな中、六年生の子が言った。

「でもさ、事故だったら全校集会でその話をするんじゃない? しないってことは、言えない内容なんじゃないかな」

 確かにその通りだ。

 事故が起こったら、必ず全校集会、気をつけるようにという連絡が入る。それがないということは、言えない話なのではないだろうか?


「言えないってなんだよ」

「ほら、いじめを苦にした自殺とかさ……言えないじゃん? 本当にいじめのせいなのかわからないし。いじめたと言われる子もさ、学校通えなくならない? 教師もさいじめを見て見ぬ振りしたとかヤバイし」

 確かにそんな内容なら、全校集会で言えないかもしれない。

 私はごくりと喉を鳴らした。

 その言葉は、私の中では辻褄があっているように思えだのだ。


 次の日には、『この学校の誰かが夏休みに自殺した』という噂が流れていた。

 私たちが考えた推理は当たっていたのだ。

 だから私は通学班で推理した話を、意気揚々と語った。

 教師が誰も何も言わないのだから、きっと自殺で、隠さなければいけなかったのだと。どういう理由で死んだのかは知らないけれど、もしも自殺ならば、その死には理由が存在する。いじめなのか、それとも家庭環境の問題なのか。

 どちらにしても都合が悪いひとがいるから、隠されているのだ。


「もしもさ、いじめだったらさ、自殺した子、すごい恨んでいるだろうね」

「確かに。自分が死んだこと隠されているんだもんね」

「いじめられているのを、見て見ぬふりしている子のことも恨んでいるかも」

 関わらないでおこうと周りは目を背けて、助けて欲しいのに助けてもらえない。教師はいじめじゃなくてからかいだと、ただ仲良くなりたいだけじゃないかと取り合わない。いじめた本人だけでではなく、もっと大勢を恨んでいてもおかしくはない。


 さらに次の日には、自殺した子の幽霊が出るという噂が流れた。

 自殺した子は、いじめた子だけでなく、助けてくれなかった皆を恨んでいるのだという。

「怖いね」

「なんかトイレで見たとか聞いたよ」

「放課後の教室に出たって私は聞いたけど」

「夜な夜な徘徊しているって聞いたぞ。自分を自殺に追い込んだ奴に仕返しをするために」

 自殺した子の幽霊の噂は怖かった。

 その幽霊が仕返ししたいのはいじめた子だけではなく、その他大勢、見殺しにしたものも殺すのだと言うのだから。


 ある日、隣のクラスで集団パニックが起こった。

 幽霊が出た。殺されると叫び、気絶したり気分を悪くする者が多発したのだ。

 噂はいよいよ本当だと思った。

 しかも隣のクラス。今度は私のクラスかもしれない。


 怖くて仕方がない。

 学校に行きたくない。

 学校が自殺した子に呪われているから行きたくないと母に訴えても、全く取り合ってもらえなかった。

 夏休みが終わったばかりで、行きたくないのは分かるけれど、嘘をつくのはよくないとまで言われてしまった。本当なのに。

 教師が自殺したのを隠してるんだと言っても、そんな話聞いたこともないと言われてしまう。隠しているのだから知らなくて当然でしょ? と言っても、隠したって小学生が亡くなったら、葬式とかで分かるものだと言う。


 嫌々学校に向かうと、他の子も似た様な感じだった。

 みんな夏休み明けでだるいから行きたくないのではなく、いじめで自殺した子の呪いが怖いから行きたくないのだ。

「俺、もしもいじめを見つけたら、絶対助けたのに」

「私だってそんなことしないよ」

 呪われたくない。

 そんな思いもあって出た言葉だけれど、本心でもあった。こんな風に皆を呪いたくなるほど幽霊は苦しんだのだ。なぜ、それに気がつかなかったのだろう。


 憂鬱な思いのまま学校に着くと、今日は急遽一時間目が全校集会になったと聞いた。

 私たちはとうとう教師は隠すのをやめて、話すことにしたのだと思った。

 一体誰がいじめられて、苦しんで自殺して、皆を呪うようになってしまったのだろうか。

 そんな思いが渦巻く中、校長先生の話しから始まった。


「つい先日、三年二組で幽霊が出たという集団パニックが起こりました。幸い怪我人は出ませんでしたが、二人、救急搬送されました」

 三年二組は隣のクラスだ。

 先日の話しだと分かり、私は固唾を飲んで何が起こったのかが語られるのを待った。

「三年二組の生徒は、皆、夏休みに自殺した生徒の幽霊が出たのだと口をそろえて言いました。しかしこの学校で夏休みに亡くなった人はいません。誰一人欠けることなく学校に通っています」

 えっ?

 校長先生の言葉は、私が予想していたものとは全く違った。

 他の子も同じようで、ざわざわとざわめく。誰も死んでない? 自殺もない?

 隠しているわけじゃなくて?


「隠しているのかもしれないと思うといけないので、クラスメイトで死んだ人がいるクラスはこの場で挙手して下さい」

 校長先生は私が思っていたこととをそのまま口にし、そして隠すものはないのだというかのように全校生徒にたずねた。

 そんなはずない。

 だって、実際に幽霊を見たという噂も流れている。

 でも誰一人手を上げることはなかった。


 えっ。嘘だったの?

 私は誰一人動かない状況をぽかんと見た。

「このように、噂は噂でしかありません。少なくとも、この学校で自殺した生徒の幽霊などというものはおりません」

「でも先生! 三年二組に出た幽霊は何なんですか?」

「幽霊がいるかもしれないと皆が思っていたところで、バランス悪く積み上げてあった、返却用の夏休みの宿題が崩れたそうです。それを幽霊の所為だと誰かが言ったのを皆が信じ、集団パニックはおきました」

 えっ。幽霊が出たんじゃなくて、宿題が崩れただけ?

 語られた内容にぽかんとする。だって、積み上げられたものが崩れるなんでよくある話だ。それを呪われたからなんてこじつけすぎる。


「人は怖いものだと思えば、可愛らしいぬいぐるみですら呪われたぬいぐるみだと怖く感じるものです。なので、これからは不用意な噂話は止めなさい。そして自殺した生徒はいませんでしたが、もしかしたら本当に起こらないとも限らない話です。もしも本当にあったならば、同じように幽霊となって皆に知ってもらおうと思うほど苦しんだかもしれません。誰もそんな存在にしないためにも、いじめはしてはいけません」

 校長の話が終れば、私達は教室に戻り、先生からも同じ話をされた。

 もしもクラスで先生に話されただけならば、私達は隠されていると思い、信じきれなかっただろう。でも全校集会で、誰も死んではいないと言うことは証明されたのだ。

 つまり噂は噂でしかなく、私達は噂に振り回されただけだったのだ。

 あっけない解明に、正直肩透かしだったが、でもどれもがただの噂でよかったとほっとした。それにしても一体誰がこの噂を始めたのだろうか。

 そんなことをチラッと思ったが、先生から絶対犯人捜しは止めるようにと言われた。それこそ、いじめに繋がってしまうかもしれないし、こんなことはしてはいけないと知り、やらないことが大切だと説明されたので、私達がこの噂をすることはなくなった。


 それから何年か経って。

 誰一人欠けることなく卒業し、同窓会でこんなことが合ったよねと笑い話にできるようになった。

 もう幽霊なんて信じていないし、あれは皆が噂し合うことで、本当のことのように思ってしまったのだと分かるようになった。

「もしかしたら、あの噂、私が広めてしまったのかも」

「えっ。なんで?」

「トイレで誰かが死んだって噂している声を聞いてさ、教室で話しちゃったんだよね」

 私が言わなかったら、クラスメイトはこの噂を知らなかったかもしれない。

 丁度娯楽に飢えていた時期だったから広まるのが早かったのだろうけれど、でも言わなかったらそれで終わったはずだ。

「でもさ、あの幽霊騒ぎのおかげで、どっかのクラスのいじめがなくなったって聞いたよ。実際自殺した子が出て、その幽霊が出て、呪われたなんて聞いたら、速攻で謝るよね。あと夏休み直前に別の学校のいじめで引っ越しした子がいて、その子が初登校前に自殺したってこの聞いたかな」

「へぇ。でもそれも噂でしょ?」

 どっかのクラスって、何処のクラスさ。

 誰が死んだのか知らない分からない噂と似たよなものである。そして一度も登校していない子の自殺なんて分かるわけがない。


「まあね。でもそのトイレで話してた子が、もしかしたら、どこかで自殺して後悔していた幽霊だったのかもって思っただけ」

「そんな無理やりホラーオチにしなくてもいいよ」

 そんなことを言いながら、私はあの時、噂は聞いたけれどトイレの中は覗かなかったなと思う。

 幽霊だったのか、そうではなかったのか。分からないけれど、もしもいじめで学校に行きたくない子がいたのだとしたら、この夢のような出来事は、誰かの願いから生まれたのかもしれない。 

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