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第二話 素敵なノッペリ男性

――食事というモノに最も重要な要素は、効率である。


 ちょっと待って、ハニワ。

 まずは怒らずに聞いて欲しいんだけど。


 実はニャンコミーミ星人と地球人のルーツは、かなり近いということが分かっているんだよ。

 つまりね、地球人にとっての「メソポタミア文明のシュメール人」がニャンコミーミ星人にとっての「ネコポタミア文明のニャメール人」とほぼ同一だというのが、残された文字や文化を見ても明らかなわけで。

 調べれば調べるほど、私たちは生き物としての仕組みが似通っているの。ナノマシンで調整すれば子孫だって作れるよ。つまり結婚できる。大事なことだからもう一度言うけど、結婚できるよ。分かった?


 それで、惑星環境が異なるから食事の文化自体は異なるものの、生き物としての「食事の役割」という観点で見れば、ニャンコミーミ星人と地球人との間にそれほどの違いはないんだよ。


 で、時代が進めば人は効率を求めるようになるでしょ?


 現在のニャンコミーミ星の食文化では、気分によって何種類かの味を食べ分けることはあっても、基本的にはこういったカロリーバーのようなもので栄養素を補給するのが一般的なんだよね。地球人類だって、いずれはこうなっていくから。それが悪いこととは一概に言えないでしょ。


 つまり手の込んだ食事なんて無駄の極み。

 宇宙のトレンドは「効率」なんだよ。


「御託を並べるのはいいけどね、ペチカ。そういうことは、まずこのチャーハンを食べてから言ってくれるかな」


 待って待って、だって怖いの。

 なんかすごく良い匂いするんだもん。


 絶対なんか凶悪な禁止薬物入ってるでしょ。もうね、それを食べてしまったら私の中の何かが決定的に変わってしまうって、本能が叫んでるんだよ。無理無理。無理だよ。別に薬漬けにしなくたって、私ハニワの言うことなら何でも聞くよ? ちゃんと尽くす女だよ、私は。


「そう言いながらスプーンを持ってるけど?」

『そ、それは、私には地球を調査する任務があって』

「はいはい。口を大きく開けて。あーん」


 こうして、私は何も知らぬうちに「ラメーン」と並ぶほどの高依存性薬物――「チャハーン」を口に含むと、舌先から伝わってくる濃厚な旨味に脳をやられ、強制的に幸福感に支配されて無様に気絶することになったのだった。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 あれから一週間。


 私はハニワに順調に餌付けをされ、すっかり彼の作る料理の虜にされてしまっていた。

 チャーハンの次はグラタン。その次はカレーライス。いつの間にかラメーン……ラーメンも食べてしまっていた。うどんやそばもさっぱりしていて良いけど、個人的に最強だったのはじゃがバターかな。あとはピザなんて宝石箱みたいだったし、トンカツなんてあまりに暴力的すぎて言葉に詰まってしまった。


 私はもう、ハニワがエプロンを着けるだけで条件反射で唾液が出る身体に改造されてしまっていた。恐ろしや地球。


「まぁ、料理屋を開くために勉強したからね」

『そうなんだ。こんなに美味しかったら、きっとすごく繁盛するだろうねぇ。私ならきっと毎日食べに行っちゃうもん』


 私が何気なくそう言うと、ハニワはなんだかちょっと気まずそうな笑みを浮かべながらカウンターキッチンに立った。

 このタイプのキッチンの良いところは、料理をしているハニワの姿を正面から見られるという一点に尽きると思う。私は毎日ニヤニヤ眺めてます。ごちそうさまです。


「実は一度、料理屋を開いて……大失敗してるんだ」

『そうなの?』

「うん。僕は食品構成機(フードプリンタ)をよく使ってるだろう?」


 そう言って、キッチンの片隅に置いてある機械を指差す。

 今も何やらウィンウィンいって動いているけれど。


 どうやらフードプリンタは地球では非常に良く使われている機械らしく、何十種類かの原料カートリッジをセットして設計図を読み込ませるだけで、様々な料理を生成することができるそうなのだ。


 しかしハニワは、完成品ではなくあくまで「食材」しか作らない。それを自分の手で料理して、毎日食事を準備してくれるのだ。


 以前始めた料理屋でも、同じように食材だけをフードプリンタで出力してたんだとか。材料費を抑えることで、安くて美味しい食事を提供する。別にそれは、悪くないアイデアだと思うんだけど。


「料理の完成品をいきなりプリントするのは簡単なんだよ。どこの家庭でもやっているし、子どもでも作れる。ただ……食べてみると微妙なんだ。特に食感とか香りとかが、ぼんやりしちゃってね。いわゆる“偽物の料理”って呼ばれているんだけど」

『そうなんだ』

「うん。だからわざわざ料理屋に食べに行く人は、お金を払ってでも“本物の料理”を食べたいって人なんだ。僕はそれを履き違えてしまっていた……お客さんから『騙したな、偽物だったなんて!』なんて真っ赤な顔で叱られて、ようやく気づいたんだ。世間が求めているのは、多少高くついてもフードプリンタを使わない料理なんだって」


 そして、声の大きい美食家とやらに叩き潰される形でハニワのお店は廃業することになったらしい。

 それでも彼は諦めず、別の仕事をしながらコツコツと貯金をしていて、今度こそ“本物の料理”を提供する店を出そうと思っているんだって。すごいなぁと尊敬する。


 本物とか偽物とかは、私には良く分からないけどね。


 だってハニワの料理は美味しいから、話を聞いた後でも本物かどうかなんて全く気にもならない。どちらかというと、ガチの生き物を殺して死体を調理している本物とやらの方が若干気持ち悪いくらいだ。別にそれがその惑星の食文化なら否定するつもりは一切ないけれど。


『ニャンコミーミ星人に受け入れられやすいのは、ハニワの料理の方だと思うんだけどなぁ』

「ありがとう……いっそニャンコミーミ星で開業しようかな」

『おぉ、いいんじゃない? 私は大歓迎だよ?』


 そんな話をしていると、パチパチと油が跳ねる音が聞こえてくる。この音と匂いは覚えてるぞ! あれだ、ハニワが作る暴力的な美味しさの「トンカツ」だろう! 間違いない!


『トンカツ? ねぇ、トンカツ?』

「残念。コロッケだよ」

『コッケロ? なにそれ』


 キョトンとしている私の顔が何か可笑しかったのか、ハニワはクスクスと笑って目を細めると、細長い菜箸を器用に操って何かを揚げていた。どんな料理だろう。気になる。


「ペチカはほら、じゃがバターとトンカツをずいぶん気に入ってた様子だったからね。コレは絶対好きだろうと思って」

『え、どういうこと? 何、どんなやつ?』

「まぁまぁ、落ち着いて。もうすぐ出来上がるから」


 そんな風にして、私は出会ってしまった。

 この「コロッケ」なる神に祝福されし料理に。


 サクサクの衣の中にホクホクのじゃがいもが入っているなんて、考えた人が既に現人神ではないだろうか。私はもう、うやうやしく跪くことしかできない。もういい。私の人生はもう十分救われたから、あとは煮るなり焼くなり好きにしてくれ。


……あぁ、これだから調査員が帰還しないのかぁ。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ハニワに手伝ってもらい、地球内のネットワークに掲載されている情報から「ネコミミ宇宙人」などと検索していくと、消息を絶った調査員の居場所は次々と明らかになっていく。


 今日会った元調査員は、尻尾に汗をかきながら札幌味噌ラーメンを作っていた。


『悪いな嬢ちゃん、局長には「もう帰りません」って伝えておいてくれや。俺ぁここでラーメンを作ることに命かけるって、そう決めちまったのよ』


 一人ずつコンタクトを取り、話を聞きに行く。

 すると、みんな口を揃えて「ここで骨を埋める」と覚悟ガン決まりの発言をして、それぞれの趣味に邁進しているようだった。もうね、気持ちはものすごく良く分かる。私だって永遠にハニワの家に居座っていたいからね。


 最近は元調査員に会いに行くというのが建前ようになっていて、ハニワに案内されて色々な場所を訪れること自体を楽しんでしまっている自分がいた。


 彼と一緒に見る札幌の夜景は、なんだかとてもロマンチックだった。

 わざわざ寒い街へ出て、いつ壊れるかとヒヤヒヤするようなロープウェイという不可思議な箱で山を登って、地球人類の無駄の多さを象徴するような街の灯りを見下ろしていただけだったのだけれど。


『無駄かぁ……』

「どうしたの? ペチカ」

『うん、あのね。銀河連合の常識には真っ向から反する考え方なんだけど……地球がこんなに面白いのって、無駄が多くて面倒くさいからなのかなぁと思って』


 なんとなく、そんな言葉が口をついた。


 ハニワが作る料理はエネルギー効率なんて完全に度外視しているけれど、どれも究極に美味しい。

 猫カフェ(特に精神汚染はされなかった)には欠片ほどの生産性もないのに、最高の贅沢を感じた。

 身体を清めるだけなら不要なものばかりのスーパー銭湯(特に茹でられなかった)では、湯上がりのハニワが「クリームソーダ」なる愉快な飲み物を買ってくれた。いや、あれは飲み物じゃなくてデザート枠か。


 地球の「無駄」はこんなに楽しい。

 それも全部、隣にハニワがいたからなんだけど。


 彼の手をギュッと握りながら、私も他の調査員みたいに地球で暮らしたいなぁと思う。だけど私には母星で心配している両親もいるし、調査員としての義務感だって簡単には捨てきれない。それに、ずっとここにいるのはハニワにも迷惑だろうし……そうやってズルズルと、私は自分の進む道を決められないでいるのだ。


――私が面倒臭い女になったのは、きっと地球のせいだ。


 そんな風に八つ当たりみたいな言い訳を口にすると、ハニワはクスクスと笑って「ペチカは最初から何も変わらないと思うけど」なんて言って、私のネコミミを撫でた。そうか。私は自分が、こんなに意志が弱かったんだってことを最近知ったのだけれど。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 消息不明だった調査員たちの現状を全て特定し終えると、私には地球に滞在している表向きの理由がなくなってしまった。

 寒かった冬も一番厳しい時期を過ぎ、ハニワに身体をひっつける言い訳を探すのにも日々苦労してしまう。まるで季節までもが「どうするのか早く決めろ」と急かしているかのようだった。


 そんなある日。

 私がソファに腰掛けてうんうんと唸っていると、ハニワは情報端末をポチポチと触りながら、憂鬱そうにため息を吐いた。


「はぁ……そろそろ仕事探さなきゃなぁ」

『えっ? 急にどうしたの?』


 私はワケがわからずポカーンとしてしまう。

 暮らし始めた時にハニワが「お金の心配はしなくていいよ」なんて言っていたので、てっきり私は失業関係の補償制度だったり、ベーシックインカムあたりの制度を利用してお金を工面しているのかと思っていたんだけど。


 そんな私の言葉に、彼は首を横に振った。


「残念。細かくは伏せるけど、僕の収入はゼロだ」

『じゃあ今までは……』

「まぁ、貯金を切り崩すしかないよねぇ。それもそろそろ底をついてしまいそうで」


 私のポヤポヤしていた頭から、サァッと血の気が引いて、感情が急激に冷えていく。私はハニワに、彼になんてことをしてしまったのだろう。だってその貯金は……彼の料理屋の開業資金だって言っていたものだ。


……彼の夢を叶えるための貯金だったはずなのに。


「そんな顔しないでよ」

『でも』

「僕はちゃんと、自分の夢を叶えるために自分のお金を費やしたんだ。失った以上にたくさんのモノを得ることができたんだから……ペチカにはそんな顔をしてほしくないよ」


 彼はそう言って、私が座るソファのすぐ横に腰掛けた。


 ハニワの夢を叶えるために?

 いや、現に私は彼の夢を潰してしまった。


 銀河共通クレジットの両替は申請している最中だけれど、どうやらシステムトラブルなんかもあって、まだまだ時間がかかるらしい。

 それに、彼に支払う予定だった現地協力者としての報酬は……そもそも私がニャンコミーミ星に帰って調査報告をするのが大前提だ。そしてそれは、彼との別れを意味している。


 そうしてグルグルと思考していると、ハニワはいつもの優しい微笑みを浮かべて私のネコミミを撫でた。


「この際だから白状してしまうけれど……僕は正直、もう夢を諦めていたんだよね。惰性で貯金をしていたけれど、本当に料理屋を開業できるとは思っていなかった」

『え……なんで?』

「僕の悪名は、知れ渡ってしまってるからね……偽物の料理で一儲けを企んだ花輪(はなわ)という料理人は、その界隈では有名人なんだよ。だから頑張って開業したところで、またボロくそにこき下ろされて廃業に追い込まれるのは、目に見えている」


 彼はそう言って、宙を見上げて苦しそうな顔をする。


 何も知らなかった……私は何も知らないまま、苦しんでいる彼にひたすら甘え続けていたのか。初めての恋心に浮かれて、彼の本当のコトを何も知ろうとしないで。私はなんて罪深い……いや、そんな言葉では表現しきれないほど、酷いメスだ。


 俯いた私の頬を、彼の指先が撫でる。


「僕の料理を食べた人が、美味しいって笑顔を溢してくれる……僕の夢は、たったそれだけの小さな料理屋を開くことだった」

『……ハニワ』

「だからね。ペチカが僕の料理を、美味しい美味しいって、たくさん食べてくれて……僕は本当に嬉しかったんだよ。夢のような日々だった。いつしか……ペチカとずっと一緒にこんな毎日を過ごしていくことが、僕の新しい夢になっていたんだ」


 顔を上げると、彼と視線が合う。


「僕と結婚して欲しい」


 その言葉で、私の脳は思考能力の一切を停止した。


 結婚……結婚、結婚?

 それはあの、オスとメスが大変なことを毎晩やらかしても重罪に問われなくなる、むしろやらかさない方が親や周囲を心配させるようになってしまうという、あの不思議な結婚という制度のことを仰っているのでしょうか?

 両親がため息を吐きながら「孫の顔を見るのはまだまだ先みたいね」などと精神を刃物でグサグサと処刑しに来るのを、全てひっくるめて「私、良い人ができたの」のセリフで弾き返せるようになるあの鉄の鎧みたいな結婚という防具のことでしょうか?

 職場のメス同士でスペックの一つ一つを比較して、どれほど勝っていようとも相手が既婚者というだけで虚しい気持ちばかりが募り、逆に「うちの旦那がさぁ」と奴らがちょろっと口にするだけで立ち並ぶシングルメスたちは一網打尽で切り捨てられてしまう、あの結婚という大量破壊兵器のことを仰っているのですか?


「僕は……どうにか仕事を見つけてお金を稼ぎながら、ペチカのために毎日料理を作るよ。贅沢はさせてあげられないかもしれないけれど、ペチカが好きなものをたくさん作る。新しいレシピも探すよ」

『ハニワ……』

「そうやって一緒に生きていきたいのだけれど……ダメかな」


 脳内で、ちっちゃいペチカちゃんが裁判所から猛烈な勢いで駆け出してきた。

 その手には何やら一枚の紙が握られている。なんだなんだ。わらわらと集まってきた報道陣の前で、彼女は手に持っていたその紙をバッと開いて見せた。そこには荒々しい達筆で――


――「勝訴」と。


 私は勝ったぞぉ!

 湧き上がる衝動に身を任せ、私はハニワの耳をペロリと舐め上げる。はぁ、ハニワの耳うまうま。


「あの、ペチカ? なんで僕の耳を舐めてるの?」

『ん? なにかおかしかった?』


――あ、そうか。


 これは星内文化だから、ニャンコミーミ星でしか通じないんだったっけ。オスのプロポーズにメスがオッケーを返す時は、ニャンコミーミ星では相手のネコミミを舐めるのである。

 もちろん、ちゃんと時と相手を限定した求愛行動の一つなので、なんでもない時になんでもない相手のネコミミを舐めるのはただの痴女だ。


 あと、それから――


『こういう時、オスはメスの尻尾を撫でるんだよ?』

「え、みだりに触っちゃダメなんじゃないの?」

『そうだよ? みだりに触っちゃダメだから、今だけは思う存分、好きなだけ触っても許されるんだよ』


 文化の違いも、これからたくさん経験するだろう。

 なにせ結婚、結婚、結婚である。


 おそらく完全にニヤケ顔になってしまっているだろう私の脳内では、生息地している全てのちっちゃいペチカちゃんがみんな集まって「おめでとう」と書かれた横断幕を広げて脳内シティを練り歩き、至る所でコロッケパーティを開催し、いつまでも途切れることのないパレードの列が、様々な楽器をかき鳴らしながら喜びを表現していた。


 あ、そうだ。いいことを思いついたぞ。


『ねぇハニワ、ニャンコミーミ星で開業しようよ』


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