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第一話 辺境惑星・地球

本作は全ジャンル踏破「SF_宇宙」の作品です。

詳しくはエッセイ「なろう全ジャンルを“傑作”で踏破してみる」をご覧ください。

https://ncode.syosetu.com/n0639in/

――恋というのは、唐突に崖から突き落とされるようにして始まるものらしい。


 正直に言ってしまおう。これまでの私は、恋だ何だと騒いでいる同年代のメスどもを少々馬鹿にしていた。

 恋愛の正体とは単純に、繁殖のための生理的欲求が見せる幻である。まんまと騙されている可哀想な奴ら……そんな目で彼女らを見て、いっそ憐れんですらいたのだ。そう、今にして思えば――


 馬鹿は私でしたね。本当にごめんなさい。


『初めまして、私はペチカと申します』


 大丈夫かな、ちゃんと翻訳機は機能しているだろうか。


 新東京国際宇宙港――月面からのシャトルシップを降り、辺境惑星の玄関口に到着した私は、そこでとても素敵な地球人男性を見つけてしまった。


 顔のパーツが全て平らで、これ以上ノッペリさせることは無理だと思わせるような、ハニワ星人によく似た顔つき。

 そんな究極イケメンなのに、多数のメスを侍らせているオス特有のチャラついた雰囲気もなく、落ち着いていて、ふにゃっと柔らかく笑いながら老年地球人類個体の道案内をしている。すごく親切そう。声色もすごく優しくて甘い。え、こんなオス、実在するの。


 外見も声も雰囲気も、性癖のド真ん中を一発で撃ち抜かれた私が、精神的に崖から突き落とされるのは一瞬だった。


『ニャンコミーミ星から来ました。メス型の有機人類です。年齢は、えっと地球換算で、生まれてから二十公転周期くらいです。それから、それから、えっと……』

「そ、そうですか……あの、ペチカさん?」

『あ、ちゃんと翻訳できてます? 月面宇宙港では職員さんと普通に会話できたので、大丈夫だと思ったのですが』


 ダメだ、こういう時に何を話せば良いのか分からない。


 私が生まれたニャンコミーミ星の人類は、通称ネコミミと呼ばれる特異な形状の集音器官と、長い尻尾を持っている。もちろん私の頭と尻にも、青い毛並みのネコミミと尻尾がひっついているのだが。

 とりわけ尻尾については、子孫繁栄に関して……つまりは異性の欲情を刺激するという点において、非常に重要な役割を担っているのだ。実にくだらない……と、ついさっきまでの私は考えてしまっていたのだけれど。


 あぁ、尻尾のお手入れをちゃんとしておくんだった。こんなボサボサの毛並みじゃ幻滅されてしまうじゃないか。それに、オスを誘惑する尻尾の動かし方ってどうやるんだっけ。なんでそういう系の勉強を一切してこなかったんだ、私は。


 落ち着け、落ち着くんだ、私よ。違うだろう。

 私が今日まで磨いてきた武器は、あくまで冷静さと論理的思考力をベースにしたものだ。しかし惑星調査任務については自他共に認めるエリートである私も、恋愛においては初心者の雑魚に過ぎない。今さらメスの魅力をアピールすることで勝負に出ようという方針自体が間違いなのだ。


 今すべきことは、無様で拙い尻尾の揺動ではない。彼がつい側に置きたがるような、有能なメスのアピール……これだ。


「あの……大丈夫ですか?」

『ひゃい!』

「大丈夫かなぁ……ペチカさんは異星からの観光客の方ですよね。もしかして道に迷っていますか? 宿泊先は?」


 彼はそう言って紳士的な微笑みを浮かべながら、おそらく私が道に迷った異星人なのだと思いこんで手助けしてくれようとしている。

 なんて優しい人なんだろう。超絶イケメンなのに性格まで良いなんて信じられない。こんなオスが実在するなど、ニャンコミーミ星で話をしたら「空想小説の読みすぎでしょ」と大爆笑されてしまうこと必至だ。


『えっと、実は宿泊先はまだ決まっていなくて……お金は持ってきたので、現着してから探すつもりだったのですが』

「あー……もしかして通貨は銀河共通クレジット?」

『はい、もちろんです……え?』


 私の返答に、彼は眉間に指を当てて何やら考え込んでいる。


「実は地球では、銀河共通クレジットに関する法整備が遅れていてね……この国に滞在するのなら、日本円に両替をする必要があるんだ。不便だと思うけれど」


 あぁ、そうか……これは私のミスだ。


 地球のように惑星内に統一国家が存在していない星は、通貨を銀河共通クレジットへ移行するまで時間がかかるケースがある。

 というのも、地球においては日本を含め八つの国家が銀河連合所属になるのだけれど、地球内の各国家間で通貨価値が流動的に変化するため、単純に銀河共通クレジットへ置き換えるということが難しいのだ。

 知識としては確かにあったのに、あまりにレアケース過ぎて完全に失念していた。


 つまり、今の私は無一文に等しい。


「銀河共通クレジットからの両替は数ヶ月かかるらしい」

『え、そんなに……』

「そうなんだよ。通貨切替のための一時的な措置らしいんだけどね……でもせっかくこんな辺境惑星まで来たのに、お金がなくて帰りますっていうのは、あまりに酷な話だよなぁ」


 少し呆然としてしまっていた私の前で、彼は何やらひとしきり悩んでから、ポツリと提案する。


「もし良かったら、しばらく僕の家に滞在する?」

『え……その、いいのですか?』

「まぁペチカさんみたいに容姿が整っている女性なら特に、僕のような若い男の家に泊まるのは危機感というか、抵抗感があると思うのだけれど」


 容姿が整っている?

 ねぇ、聞いた?

 今、私の容姿が整っているって言ったけど?


 突然の幸福感に襲われた私の脳は、冷静な思考能力を完全に喪失して暴走を始め、ちっちゃなペチカちゃんが百人ほど「容姿が整っている」と書かれた旗を振りながら脳内を駆けずり回り、笑い転げた。そうか、これが勝利というものか。


『き、生娘なので優しくしてください!』

「いや、襲わないよ? 落ち着いて。ほら、荷物持つから」

『あわわわわわ……なにそれ。紳士の極みぃ……』


 こんな風にして、私は辺境惑星・地球に到着して早々に、私の性癖を直撃するノッペリ男性の家に転がり込むことになったのだった。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 子どもの頃の無知だった私は、無邪気に「ハニワ星人と結婚したい」と周囲に話していた。

 苦笑いを浮かべた大人たちは「そうだよね、あの平らな顔は魅力的だよね」と言いながら、「有機人類と無機人類は結婚できないんだよ……というか、無機人類には性別がなくて、そもそも結婚という概念を理解できないんだ」という説明を何度かしてくれた。当時はまったく理解できなくて、大声で泣いては両親を困らせた記憶がある。


 そんな大好きなハニワ星人を有機人類にしたような理想的なオスにより、私はまんまと彼の暮らす部屋へと誘い込まれてしまったわけだ。さぁ、どうなる私の貞操よ。わくわく。


「改めて、僕は花輪(はなわ)イッペイです」

『ハニワ?』

「うぅ……異星人にまでその呼び方をされるとは」


 ほう、彼は地球人の中でもハニワと呼ばれているのか。なんだかガックリと肩を落としているようだけど、ハニワと呼ばれて落ち込むことなんてありえるのだろうか。

 とりあえず良く分からないので、私もこれから彼のことをハニワと呼ぶことにする。


 ダイニングテーブルの向かいに座って色々な話をした。


 このフローリングという木目調の床材は、ニャンコミーミ星では見慣れないものであるが、ハニワいわく地球では一般的なものらしい。こういう惑星ごとの文化の違いを楽しめるのも、私が惑星調査員として働いている理由の一つだ。


『ねぇ、ハニワ』

「くっ……あぁ、もう分かった。その呼び方で良いよ」

『えへへ。私のこともペチカで良いからね。丁寧に話そうとしないで、普通の感じでいいから。分かった?』


 調査員が現地住民と仲良くなる第一歩は、いかにフランクに相手の懐に飛び込めるか、である。

 そこまで人付き合いが上手ではない私だけれど、呼び方や喋り方を意図的に崩すテクニックは必須だと、厳しい先輩にガミガミ指導されてどうにか身につけたのだ。


 ありがとうございました、先輩。

 それから「その眉間に皺を寄せたバチバチに険しい顔で、フランクさの重要性について語るの?」とか思ってしまって、本当にごめんなさい。めっちゃ大事でした。


「ペチカは、地球へは観光で来たの?」

『いやぁ……実はお仕事で。ニャンコミーミ星の異星情報管理局って組織に所属してるんだけどね、地球のことを調査する単独任務を言い渡されてさぁ』

「そっか。一人で任されるなんて優秀なんだね」


 ハニワにそう言われると、再び脳内でちっちゃなペチカちゃんがガタッと立ち上がり駆け回りそうになるけれど、実のところ単独任務なんてそう珍しいものではない。

 なにせ、文字通り星の数ほどある文明を一つずつ調べ上げなければならないのだ。人材なんてどれだけいても足りないし、むしろ複数人で異星調査をする機会の方が稀である。


 とはいえ、ハニワに「優秀だ」と言われるのは大変気持ちが良いので、特に訂正したりはしない。有能なメスっぷりを存分にアピールして、あわよくばワンチャン狙いたいのである。


『実は……過去に地球に来たニャンコミーミ星の調査員が、誰一人として帰還しないみたいなんだよね』

「え、そうなの?」

『うん。それで地球の惑星調査と同時に、消息を絶った調査員たちの現状を調べる必要もあってね。できればハニワには現地協力者になって欲しいなぁなんて思ってたりするんだけれど……あ、そんなに多くないけど謝礼金も出るよ? 銀河共通クレジットでの支払いにはなるけど』


 そう。私がこうして色々と説明をしているのは、ハニワに現地協力者になって欲しい――もっと言えば、現在の「ちょっと手助けして顔見知りになった異星人」という脆い立場を早めに脱却し、もう少し濃い利害関係でもって、彼の人生の端っこにどうにか食いつきたいのである。もうパクっと。


「まぁ、僕なんかで良ければ……実はちょうど仕事を辞めたところだったんだよね」

『へ? そうなの?』

「うん。宇宙港で清掃の仕事をしてたんだけど、職場の人間関係に嫌気が差しちゃって……だから、この先どうしようかなぁって悩んでたところだったんだよ。ひとまず当面の蓄えはあるし、次の仕事を見つけるまでの繋ぎみたいな感じで良ければ手伝うけど」


 え、こんなに都合のいいことある?

 私はニマニマととろけ落ちそうになる頬を両手でしっかりと支えながら『よろひくおねがいひまふ』と言ってしまい、ハニワに苦笑いをされてしまった。


 そう、この時の私は、すっかり失念していたのである。



――とある惑星に派遣した調査員が、誰一人として帰還しない。


――謎に包まれた辺境の惑星・地球。そこには、現在判明しているだけで、少なくとも三つの脅威が存在している。


――高依存性薬物「ラメーン」は、一般人でもすぐに手に入る場所で販売され、一度でもそれを身体に取り込んだ者は、日々ラメーンを求めて彷徨うほど精神を蝕まれてしまう。現地生物の死骸の骨から抽出された成分は、距離を取っていても嗅覚を刺激してくるほど濃密である。


――精神に寄生する謎生物「ヌコ」は、ニャンコミーミ星人にどこか似た特徴を持ち、こちらの警戒心をすり抜ける。そして、精神を乗っ取られた者は「ヌコカフェ」なる場所で「ヌコ吸い」という行為でしか摂取できない栄養素を求めて奴隷のように生きるしかなくなる。


――人を茹で上げる虐殺設備「セントゥ」に送られると、体内の様々な成分が吸い出された上で肉体改造を施され、ついつい「ラメーン」「ビィル(※ラメーン同様、危険な薬物だと推測される。詳細不明)」を求めるようになってしまう。


――そんな野蛮な辺境惑星・地球にこれまで派遣された調査員が、誰一人として帰還して来ない。これは異常事態である。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハンターハンターの厄災みたいなのが近くに存在するのか!?
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