芥川は後味が悪い作品ばかりなのだ
久しぶりのミルシオ。ただしおりのパワーが弱い。
「もちろん、羅生門は知ってるよね?」
今日もマナちゃんと一緒に美瑠クンのとこに押しかけちゃったけど、いいよね?羅生門は平安京にあったっていう門の事だけど、今はその話をしていないし、そんな話をする気もない。っていうかそんな門の事なんて知らない。
「ギース・ハワードの潜在能力なのだ」
「レップケーン」
ギース?ガチョウ?人の名前だろうけど、ゲームなんだろうなぁ。マナちゃんが何を言ってるのかは気にしない事にする。
「三島平八の技でもあるのだ」
「ワシが三島家頭首三島平八である」
…マナちゃんがおかしくなっちゃった。
「そうじゃなくてさ」
「平安京の門なのだ。平安京にはエイリアンがいっぱいいるのだ。穴を掘るのだ、俺達七人で穴を掘るのだ」
うん、何の事かさっぱりわかんない。多分ゲームなんだろうけど。美瑠クンがいつの間にかオタクに進化しちゃってる。この短い期間に何があったんだろう?
「歴史好きだって言っても門に興味無いし、無理だよ、語るの?これはいい門ですなぁとか」
わかってるよ!マナちゃんは本気で言ってる?ふざけてる?
「芥川だよ、黒澤だよ、下人なんだよ」
「それなら知ってるのだ。中学の時に国語の授業で扱ったのだ。きっとあの下人は地獄に落ちるのだ。蜘蛛の命も助けてないから絶対助からないのだ」
「あー、蜘蛛1匹助けるどころか見逃しただけで地獄から脱出できるって結構ヌルいよね」
それはみんな思ったと思う。ヌルいっていうかお釈迦様は何様のつもりなんだっていう。自分が同じ立場だったら蹴落とすでしょ、だって、そんなの。
「で?芥川の羅生門で何を語るのだ?」
「黒澤監督の羅生門見た事ある?原作と全然違うんだよ、あれ、原作冒涜かって思うぐらいに。先週見て驚きました。驚きました」
「何で2回言うの?クロサワの羅生門は羅生門じゃなくて、あれ藪の中だよ?」
何で言っちゃうの!?っていうか何で知ってんの?マナちゃんの知識ホントよくわかんない。赤鼻のトナカイの原作まで何故か知ってたり。
「何で答え言っちゃうかなぁ?でもさ詐欺だって思わない、それ?原作芥川で羅生門ってタイトルで、羅生門期待して見に行ったら謎の平安時代ミステリとか」
「藪の中はミステリなのかな?答えもないけど」
「藪の中というのは知らないのだ。というより芥川ほとんど知らないのだ」
それは勿体ない。毒々しい作品多くて美瑠クンが気に入りそうなの多いのに。
「一度、有名なタイトルは読んでみるといいんじゃないかな?結構面白いよ。地獄変とか、ヒドい一休さんていうか」
「覇王丸地獄変なら知っているのだ」
「私はそれを知らないのだ」
「有名なゲームなのだ。ただタイトルの意味はよくわからないのだ。地獄変とはどういう物語なのだ?」
お、聞いてくれるのは嬉しい。マナちゃんは知ってるんだろうか?
「マナちゃんは知ってる?」
「知ってるよ」
当然というようにうなずいて知ってるというマナちゃん。いつどこでそんなに本読んでるんだろう?…ずっと独り身だったから時間ありあまってたのかな?
「地獄変はね…っていうか地獄変自体は地獄を描いた絵って事。その美瑠クンが知ってる作品には地獄絵出てくるんじゃない?」
「地獄絵?………シャルロットステージ…か?いや、そんなのはもうどうでもいいのだ。物語の内容が何か気になるのだ」
シャルロットの舞台は…気にならない。
「芥川の地獄変は腕は確かなんだけどすっごい嫌われてる絵師が主人公」
「何で嫌われてるのだ?」
「性格悪いから」
「どう悪いのだ?」
どう?どう悪いんだっけ?説明あったかな?
「背の低い意地の悪そうな老人で見た目がすっごい悪い。それに加えて横柄で傲慢で何というかいいとこが何1つ無い感じの人」
…マナちゃんが説明すればいいんじゃないかな?
「マナちゃんの方が覚えてるみたいだから、説明してあげてよ」
「オッケー。その絵師は人付き合いは当然悪いんだけど、何故か娘はいるのね。蓼食う虫も好き好きっていうか、芸術家肌のこの主人公を愛した人もいるのかもね。主人公はその娘を溺愛してる」
そう、何で娘がいるのかの説明も無いけど美しい娘がいて溺愛してるっていう。娘さんの母親が死んで主人公の性格が悪くなる二次創作とか出来そうな。
「それはまた面倒な話なのだ。娘さんに近づく人を徹底的に追い払って気づいたら娘さんは結婚適齢期を過ぎているのだ。…あくまでも平安時代基準での話なので女性差別ではないのだ」
平安時代なのは羅生門の話じゃないかな?地獄変は…何時代なんだろ?
「平安時代って説明したっけ?確かに平安時代の話なんだけどさ。うん、実際そんな感じになりかねなかったんだろうけど、その娘さんは性格も良くて見た目もよいって事で大殿様に目をつけられて召し上げられちゃったのね。さすがの主人公も大殿には逆らえなかった」
「平安時代の大殿って誰なのだ?」
また難しい質問を美瑠クンは。大殿は大殿だよ。それは物語に関係ないのに。
「平安時代なんだから当然トップにいるのは帝…天皇だし武士なんていないから大殿っていうのは地獄変だと太政大臣か、その立場から退いた人ぐらいのイメージじゃないかな?作中では堀川の大殿様って書かれてるんだけど、史実だと堀川院っていう邸宅があるから、そこに住んでる人なんだろうね、多分」
マナちゃんが生き生きとして説明してるのを見るとやっぱり私も見てて嬉しくなってくる。美瑠クンの好奇心はマナちゃんにとっていいプラス材料だ。でも、地獄変とか平安時代の話をしたかったわけじゃないっていうか。ま、いっか。
「なるほど、よくわかったのだ。…平安時代の女の人は正体不明というか顔すらわからないイメージだったのだ。後、貴族といっても強引に娘を自分のもとにとか出来るとは思ってなかったのだ。何というか中世ヨーロッパとか江戸時代のイメージなのだ」
「あー、その辺りはどーなんだろね?まあ、あくまでも現代の人が創作した話だから。それで主人公は大殿の依頼で良い絵を描いて娘を返してもらおうと思ったんだけど、褒美は何でもやるとまで言ってくれたのに娘は返さんって」
どんだけ魅力的な娘さんなんだっていう。他にどれだけでも女の人なんて囲ってそうなのに。
「横暴なのだ。でも、娘さんの気持ちはどうだったのだ?」
「…さあ?大殿さまも対主人公では性格悪いけど、実際どうなんだろね?みんなに嫌われてる父親のもとから離れられないよりはマシだったんじゃないのかな?一応、大殿様は娘のためを思って敢えて返さなかったってみんなには思われてるって設定。ただ大殿様が実際に何考えてたのかは作者にしかわかんない」
どうなんだろう?大殿と主人公のどっちがマシかって話ぐらいで、どっちにしても幸せなんて見えないのは確かだ。
「娘さん何歳なのだ?主人公は老人だと言っていなかったか?」
「娘は15歳。で、老人って言っても平安時代の老人ね。讃岐造こと竹取の翁はかぐや姫が帰る時点で50歳ぐらい。ちなみに拾ってから20年」
えーーーー?かぐや姫って1年とかじゃなくて20年だったんだ?じゃあ、翁って言われてんのに30歳だったって事?
「20年間も求婚拒んだのか…」
「ちなみに拾った時は70歳。そこから20年経過して50歳になった」
何だって?
「計算がどこかおかしいのだ。…竹取物語は別にいいのだ。地獄変は娘さんが地獄の話なのだ」
「そうだよ、そーいう話。大殿様は嫌がらせも兼ねて主人公に地獄図を描くように命令したんだけど、主人公は模写が得意な絵師で見た事がないものを想像では書けないのね。だから弟子とかを使って地獄っぽいのを再現したりして」
「地獄なのだ」
「地獄だねー」
「地獄だよね」
「ただ、どう説明するといいかな?火炎車っていうか輪入道っていうか。罪人を乗せて走る燃えた車」
「輪入道なら知ってるのだ。地獄少女で見たのだ」
「猛火の中に黒髪を乱しながら、悶え苦しむ女の姿がどうしても描けないので、再現してくれって大殿に主人公が頼んだら大殿快諾して…燃える車に主人公の娘乗せちゃいました」
「外道なのだ」
「娘の為に返さなかったって話どこ行った」
読んだ事あるから知ってるとはいえ、やっぱりこの場面はツッコミを入れざるを得ない。いくら主人公が気に入らないからって人のすることじゃない。
「って言っても赤の他人乗せていいってわけでもないし」
「それはそうなのだが、断れなのだ」
「娘の方から頼んだんじゃないのかな?どうせこの世界は地獄だからもう死んだ方がいいって。ただ大殿さまは雪のような白い肌が燃え爛れるのを、肉を焼き骨を焦して、四苦八苦の最期を遂げる女の姿を見逃すなって。末代までの見ものなんで余も特等席で見物しちゃおっかなって」
「地獄に堕ちろなのだ」
「クソ殿様」
「しおり、下品」
「この程度で下品言われても」
「で、実際どうなったのだ?」
「娘さんは焼け死んで、その姿を主人公は見事に写し取って、主人公の描いた地獄変は傑作になりました。主人公は自殺しました。めでたしめでたし」
「ヒドい話なのだ。芥川は何を訴えたかったのだ?」
「作品には何らかのテーマがあるって考えるのが傲慢。ただの娯楽としれ描いたんじゃないのかな?」
「悪趣味すぎるのだ。後味悪すぎなのだ」
「芥川って後味悪い作品ばっかりじゃないかな、そもそも?」
「小学校の国語でトロッコというのも読んだのだ。よく覚えてないけど、何か子供が調子に乗って職員と一緒にトロッコ乗って、普通に一緒に帰れるものと思ってたら、まだまだトロッコは先に行くんで、そろそろ帰った方がいいって言われて、絶望する話」
あったなー、そんな話確かに。大人と一緒に楽しくトロッコを漕いで時々乗りながらの行きと違って、絶望的な距離を歩いて帰らないといけない。家に帰り着いたとこで絶対に怒られる。
「あったねー、トロッコ。でも子供の頃の面白い思い出話感あってよくない?」
「大人になってからなら、子供の頃こんな事がって勝たれてもその時は絶対に絶望なのだ。真っ暗の中線路をただ歩く。話す相手もいない。ハッピーエンドな話が欲しいのだ」
「桃太郎なんかどうかな?アレ、鬼は被害者だ!って言う人多いけど、芥川の桃太郎は鬼が桃太郎たちの復讐で終わるよ。人質として連れ帰った鬼の子が雉を惨殺するところから復讐が始まって」
「最悪なのだ。全然ハッピーエンドじゃないのだ。わざとヒドいの選んでるのだ、それは絶対」
だろうなぁ、でもマナちゃんホント楽しそうだ。それにしても芥川…歪みすぎ。
「だって芥川だからなぁ。あー、白はどうかな?色の白ね。白い犬だから白って名付けられてた飼い犬が、何故か真っ黒になっちゃって狂犬病の野犬扱いされて飼い主に殺されかけ…」
マナちゃん…またそんな。何それ?芥川…
「また最悪なのだ。わけがわからないのだ」
「いやこれホントにハッピーエンドなんだってば。飼い主に殺されかけて絶望した白はもう死んでもいいって、敢えて死にそうな事ばっかりやったわけ、ただそれは意味の無い自殺じゃなくて、火事の現場に飛び込んで人助けしてみたり、轢かれそうな子供を助けてみたり。どう考えても死ぬよねって事繰り返したけど、何故か死ななくて、ピンチにどこからともなく現れるヒーローとして有名になって映画化までされて」
「芥川らしくないのだ。何があったのだ芥川」
芥川の事知ってるわけじゃないけど、何があったんだ芥川。
「でももうホント疲れ果てちゃった白はもう飼い主に殺されるのなら本望だ!って家に戻ると…真っ黒になってた体毛は白に戻って白が帰ってきた!って歓迎されましたって話。ホントにただそれだけの話」
「裏も何もなく?」
「そう、ただ芥川じゃなくて賢治だけど、セロ弾きのゴーシュ的な。結局理解されてない孤独。白が一番愛していた家族は体毛の色だけで態度を変えてしまって自分が大事な家族の一員である事を理解して貰えてない。白い毛になった途端に白だ!ってのはね。まあ、それでもハッピーエンドには違いないけどさ。白としては納得いくのかな?これはこれで絶望的じゃない?」
「絶望した描写があったのか?」
「無いよ。飼い主の瞳に映った自分の白い姿を見て恍惚として涙を流してた」
「ならハッピーエンドなのだ。理解されるされないなんて白は気にしてないのだ」
「私は理解されないのはやだなぁ」
それはマナちゃんだけじゃないかな?でも、マナちゃんが求めてるのはそこなのかもなぁ。ああ、でもいつになったら羅生門っていうか藪の中の話出来るんだろう?
マナ、知識豊富だよね