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絶望的実力者の日常  作者: 棒王 円
現実的日常
5/21

新人冒険者の大冒険・後編

遅くなりました。

短くてすみません。





「もうバッグに入らないかもしれないです」

にこやかに剥ぎ取っていた三人が、困ったように言ってきた。今回のオルトロスはオウガと違って毛皮も売れるものだから、全部剥ぎ取っていたのは見えていたけど。どうやって持ち帰るのかなあと思っていたので、本人達から申告してきたのは良い事だと思う。


「廃棄するのか?」

「今回はそれでも良いんですけど、また次の魔物を倒したらそれも収拾できないのなら、どうしようかって話になって」

それで手が止まっている時間があったのか。

まあ、しょうがないな。

「じゃあ、これを貸してやるから」

俺は自分のバッグから大きめの袋を出した。コルドに渡すと不思議そうな顔をされる。

「それもマジックバッグだから。小さめだけど」

「え、これもですか?」

「そう。部屋一つ分ぐらいしか入らないから小さいけど、今回は十分間に合うんじゃないかな」

三人は頭を下げてから、いそいそと入りきらなかった部位と自分のバッグに詰めていた部位を出して詰め替えていた。


それからも、あれやこれやと魔物を倒させて、今日の野営地を川の傍に決めさせたあと三人を座らせる。

「剣が鈍ってきただろう?」

コルドとグラスに声を掛けると二人とも頷くので、道具箱に入っている砥石で研ぐように伝える。

「それで川の近くなんですね」

「研げるか?指切るなよ?」

「はい」

二人が剣を研いでいる間、トアはぼんやりとその風景を見ていた。

「疲れたか?」

「あ、はい。でもすごく嬉しい疲れです」

「…そうか」

トアは言葉のとおり微笑んで二人を見ている。

「装備を買い替えた後、ギルドの二階にすら泊まれなくて、コルドが凄い責任を感じていて。だから、私達誰も笑えなくて」

そう言えばこの山に来る道中も、全員口数は少なかったな。

「だけど、ここで戦った後にようやくみんな安心して笑えて」

「そうか」

「…ありがとうございます、エルムさん。私達みたいな駆け出しの白銀等級に教えてくださって」

「今回は引率。だから連れて来て教えて返すのがお仕事。部位とかは副産物」

「でも、昨日と今日だけで凄い量の物が手に入りました」


「…自分たちだけで同じ魔物と戦ったら駄目だぞ?」

トアが首を傾げると、戻って来ていたコルドがトアの頭に手をポンと置いた。トアがコルドを見上げると、コルドは渋い顔でトアを見降ろしている。

「今回はエルムさんが、俺達の戦いやすいように一体だけにしてくれてたから戦えてるんだからな?」

「え?」

「やっぱりトアは気付いてなかったのか。自分たちの陣地に居る魔物が一体の訳ないだろう。エルムさんが他を倒して一体だけにしてくれてるんだよ」

気付いていたか。優秀だな。

「朝一のオルトロスなんて、八頭ぐらいいたよ」

グラスも帰ってきて話に参加する。

二人を交互に見た後、トアの顔が真っ赤になった。


「わ、私、結構いけてるなんて思ってた、よ」

「全然いけてないよ、俺達。しっかり守られながら訓練受けているだけだ」

情けなさそうな顔で笑っている二人を見て、ますますトアの顔が赤くなっていく。

「そんなに卑下しなくても良いぞ。新人にしては良い戦いっぷりだったからな」

「え、本当ですか?」

コルドが目を丸くして聞いてくる。俺が肯くと三人の顔がぱあっと明るくなった。元々が意気消沈しているからか、自己認識が低いなあ。

「まあ、明日はドラゴンだから」

ハッとして顔を見合わせる三人。

「しっかり食べて寝ろよ」

「はい」

あとは三人で好きなように寛いでもらおう。


それにしても本当にずっと三人で仲良くしている。何をするにも相談して決めているし、喧嘩らしいことにもならない。

信頼できる相手がいるという事は良い事だな。

……俺には必要ないが。


朝日が射して来たら起きてしまうのが癖だ。

まだ火が燻ぶっているたき火に木を挿し足して、山の寒さを少し退ける。これから先の季節はこの山にも雪が降り、こんな風に簡単に入れなくなるだろう。

「じゃあ、いくか」

「はい」

緊張した顔の三人を連れて山頂へ向かう。

さあ、本番だ。


森の木々が段々と低木になっていき、土が露出して岩も地表に顔を出してくる高さになってくると、さすがに肌寒くなって来る。

「これ、爪痕ですか?」

木に付いた大きく抉れた跡を指先で示しながら、聞いてくるトアに頷く。


不意に上空からバサバサと音が響き、地表に居る俺達にも羽ばたきの風が届く。青空を見上げると翼持つトカゲの姿が見える。

「ドラゴン!」

コルドが指差す先を二人も見上げる。

「行くぞ」

足を止めた皆に声を掛け、動くように促す。

「はい」

息を飲むように声を出すのを見て、ちょっと口の端が上がってしまった。


今回の話を受けて、乗合馬車で来ている途中にこの山のドラゴンと話は付いている。本来の主はエンシェントドラゴンなのだが、新人たちには無理なのでドラゴンパピーを出せと言ってある。

エンシェントドラゴンの十分の一の大きさだけど、それでも倒すことは出来ないだろうから、適当にあしらうだけでいいとも言ってある。勿論手違いがあったらどうなるか分かっているだろうから、非常にぬるいのだけれど。


水色の鱗を持つドラゴンは俺達が斜面を登り切るまで待っていて、前に出た三人を見降ろしながら口から冷たい息をはく。

『我に挑むとは、愚かなり』

ギシギシとした龍言語は三人には伝わらない。何を言われたか分からないのは不安だろうが、それでも果敢にコルドを先頭に走り出した。

「トア!全力で頼む!」

「うん!」

上を狙えるのはトアだけなので剣士二人は足と尻尾を狙って切りかかる。コルドが右足を狙って切り、グラスは尻尾の付け根を大剣でなぎ払った。

しかし、子供の力で切れるほどドラゴンの鱗は柔らかくない。


二人の剣は弾かれトアの魔法はドラゴンの防護魔法で防がれた。それでもあきらめずに何度も剣を叩き込むグラスをドラゴンが尻尾で払う。吹き飛ばされた先の岩で背中を打ったグラスは呻き声をあげるが頭を振って、再びドラゴンに走り寄る。コルドは剣を前足の爪で弾かれ顔に爪先が食い込む。だが目が見えるうちはと鱗の隙間に剣を突き立てる。

トアも魔力が尽きるまで炎を叩き込むが、ドラゴンに効いている気はしない。撃てる限りは何とか目を狙おうと連射をする。


そんな食い下がる戦いが三十分も続いたろうか。

真っ先にトアが魔力切れで倒れ、コルドもグラスも視界が歪んだように何度も目を擦り、息が上がり、剣を握る手に力を入れられず。

三人とも気を失って倒れてしまった。


山頂に静寂が訪れる。

ドラゴンは俺をじっと見て立っている。


「まあまあかな」

『これで良かったのか』

おどおどとした態度で俺に聞いてくる年若いドラゴンパピーは、俺が喋るのを待っているようだ。

『あとは何かあるのか』

「…鱗を何枚か落としてくれれば、帰っていいよ」

大きな後ろ足でカリカリと首の後ろを掻くと、この場にいたくないと言わんばかりに急いで空へ飛び立ち、空には何の姿もなくなった。

俺だって無差別に攻撃なんかしないのに。


三人同時に〈広域回復〉を掛けてやると、ほぼ同時に三人が起きて、何だこの同調律はって笑いをこらえるのに苦労した。


「お、終わったんですか?」

「ドラゴンは」

俺が笑っているのを見て、またへにゃりと笑う三人。

「訓練、ですよね」

「そう」

「玩ばれただけの気がします」

「そうだな」

「笑いながら言わないで下さいよ…」

立ち上がるまで待って、落ちている鱗を収拾させる。

地面の上でキラキラと光っている水色の鱗は、コルドが両手で持てるほどの大きさだった。拾い上げて三人ともじっと見ている。

「こんな大きくて綺麗なんですねえ」

今回の引率はこれで終わり。


ショロンのギルドに戻って、大量の買取を秘密裏にしてもらって、トア達に結構重い巾着袋を渡した。ドラゴンの鱗は記念に取っておくそうだ。

その金貨の重みを両手で受け止めたトアは頭を下げようとするが、俺が声を掛けたので動きを途中で止めた。

「あとはまた自分たちで頑張れよ」

「はい」

立ち去ろうとした俺にコルドが慌てて聞いてくる。

「あの、エルムさん、これ、は」

コルドが自分のバッグを触りながら困った顔をしていた。マジックバッグは返してもらったし、他に何か。

ああ、用意させた道具とかの話か?

「返さなくていいよ。好きに使いな」

手をひらひらさせながら言って、俺はギルドを出る。


閉まる扉の向こうで、頭を下げた三人が見えた。



まあ頑張ればいいさ。これが贔屓なのは分かっているし。

また悩んだら来ればいいと、俺は何処かで思いながら家に向かった。





お読みくださり有難うございます。


2024/06/08 改稿



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