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絶望的実力者の日常  作者: 棒王 円
現実的日常
3/21

新人冒険者の大冒険・前編

今回は少し短いです。すみません。

長くなりそうなので、途中で切りました。






寒くなって来たなと思う。

ここに来て何度目かの晩秋に、少し体が震えた。

ギルドに入って依頼書が貼ってある板を見るが今日は何もなかった。

では自主的に森でも見て回るか。

俺がそう考えながら食堂に行くと、割と空いていた。


やはり寒くなると皆も閉じこもりがちになるのか。


「あの」

注文をしようとメニューを見ている俺の横に、トアが立った。

見ると、トアのチームメンバーも並んで立っている。全員困った顔をして見ているものだから、取り敢えず座れと促す。

四人満席になったテーブルに、リンリンが注文を取りに来た。

「俺達は良いです」

トアのチームリーダーのコルドがそう言って注文を断る。

「…遠慮するな」

リンリンに四人分の日替わりを頼むと、三人は焦った顔をする。

「奢るから心配するな」

そう言うと、本気で安心したような溜め息を三人とも吐くものだから、俺の方が困った気持ちになる。奢っても困らない生活してるけどな?


「どうした?」

食事をしながらトアに聞くと、いよいよ情けなさそうな顔をして呟く。

「お金がないんです、私達」

なるほど。

どうりで三人とも埃まみれのまま疲れた顔をしている訳だ。

「昨日から何も食べてなくて。…冒険にも行けなくて」

「そうか」

「俺達でも出来るような依頼だと、宿も取れなくて」

「うん」

トアもコルドもグラスも声に力がない。


新人冒険者には良くある事だと思う。

稼げることを夢見て村から出て来る若者は、最初の志を何回も折られるものだ。それでも食いしばって縋りつくのか、別の仕事を探すのか。

しかし、農村から出て来た者たちに有利な職場など、街にはほとんど無い。

諦めて故郷に帰ったとしても、村が受け入れるかどうか。


「それで?」

食べ終えてほっとしている三人に声を掛ける。

さすがに食事を奢ってもらいに来たわけでもないだろう。

「あの、その」

「うん」

言い淀むトアの言葉を待つ。


待っている間にもトアの表情はクルクル変わっていく。最終的には何かを我慢するかのような赤い顔になってしまった。

「エルムさんに引率をお願いしたいのです」

涙目で顔をさらに真っ赤にしながらトアが言った。

「お願いします、エルムさん。図々しいお願いだと分かっています。だけど俺達ではもう、どうにも出来なくて」

「お願いします」

三人に頭を下げられる。

俺は苦笑を浮かべながら、トアに聞いた。

「それが、この間の借りを返すって事で良いのか?」

「あ、あの」

目に零れそうなほどの涙が溜まっている。顔も首も真っ赤だ。

まあ、恥ずかしいと思えるなら良いか。


「…駄目でしょうか」

俺と約束をしたのがトアだから、他の二人は口を挟めないのだろう。何か言いたいけれど言えない雰囲気が二人からひしひしと伝わってくる。

「良いよ。そんな簡単な事でよければ」

「あ、有難うございます!」

三人の声が重なった。コルドもグラスも涙ぐんでいる。緊張の糸が切れたのかトアは本当に泣きだしてしまった。

「すみません。こんな事を頼んでしまって」

「…三人で悩んだ末に来たのだろう?簡単に頼ってくるなら断るけど、思いつめて来たのだから、まあ、応じるよ」

いくら俺だって。


トアが泣き止んでから、三人を連れて外に出る。

必要なものを買いに商店に行く。俺の後ろから店先を覗き込む三人に振り向き声を掛けた。

「ポーションや備品をそろえるから、店内を物色して持ってきて」

「え、でも」

「一緒に行くなら必要なものは全部そろえてから行く。いざという時に無いと困るのはトア達だろう」

「でも、俺達お金が」

ああ、もう。


「今回は俺が引率するのだろう?ならしっかり揃えてから行く。異論は認めない。さっさと選んで持って来い」

俺の強い語調に三人とも慌てて店内に入る。何ごとか相談しながら選ぶようだが、遠慮なんかされても困る。

「必要なものは全部だ。要るかいらないかは俺が決めるから、思いつくもの全部持って来い。分かったな?」

「はい!」

そんな所は気があって声が重なるのか。

見ていると、段々と遠慮なしに品物を手に取っていく。よしよし。本当にしっかりと整えろよ?大変になるのは自分たちだからな?


店のカウンターには商品の山。

ポーションも携帯食も傷薬も持たせる。魔法石も惜しまない。

全て収めて貰うと、三人ともバッグがパンパンになった。マジックバッグではないから仕方ない。

「あ、あの、エルムさん」

「ん?」

三人が不安そうに俺に聞いてくる。

「俺達、何処に行くんですか?」

こんなに準備させれば、面倒な所に行くって分かるよな。

「…西のシルバ山に行く」

「え?」

「は?」

「いま、なんて?」

俺は三人に、にっこりと笑いかけた。

「ドラゴンを捕まえに行くから」

「はあ~~!?」

三人で叫ばれると、音量が凄いな。


西の山と言ってもそんなに遠い訳じゃない。乗合馬車に揺られていけば1日ほどの距離だ。歩いても3日ほどで着く距離にある。

ただし、西に大きな町はなく、山そのものの麓には村すらない。山小屋があるぐらいだったか。


乗合馬車に四人で乗っているが、三人は緊張の面持ちで言葉も少ない。

トアは栗色の髪を一つにまとめて小さな杖を抱えて座っている。コルドは濃い茶の短髪を兜に納めてミドルソードを膝に置いたまま、ちらりと俺を見る。グラスは同じく刈り上げた茶髪を兜に納めて大剣を背負ったまま、外の風景を眺めていた。

「あの、エルムさん」

コルドが意を決したように聞いて来た。

「うん?」

「本当に俺達で倒せるものなんですか?」

「え。倒すのは無理だろ」

「そうですよね?」

混乱したように首を傾げてコルドが頷く。倒せなんて言わないぞ。新人冒険者にそんな重荷を背負わす訳ないだろう。

「今回は素材を取りに行く」

「素材、ですか?」

「そう。竜素材なら高く売れるだろ?」

「ああ、そういう…」

トアが納得したように頷く。

まだ緊張した顔をしているグラスが恐る恐る聞いてくる。

「でも、戦いますよね?」

「もちろん」

「ですよね?」

引きつった顔のままグラスが頷くと、コルドとトアが小さく首を横に降った。

「無理ですよ?」

「え。俺がいるから大丈夫だろ?」

「いやいや。そんな簡単に言われても」

「頑張れ」

笑って言ったら、三人の顔色が少し悪くなった。


道中に何か有る訳でなく。山の麓までは皆の尻が痛くなった事以外は何の支障もなく着いた。乗合馬車に近付く魔物なんて、遠くから見て魔法を飛ばしておけば道にすら出て来ないように始末できる。

「ここからは歩くぞ」

「はい」

「分かりました」

山を見ながらトアがごくりとつばを飲み込んだ、

俺が山道を上る後ろから三人もついて来る。入って暫くしてから右側に魔物の気配がする。俺が止まって右を見ると、同じように三人も右側を見る。


「なにか、いますか?」

「…もっと神経を研ぎ澄ませ。三人の行動順は決まっているのか?」

「俺が先行します」

コルドが腰に下げた剣の柄に手を掛けながら、体勢を低くして進み出す。そろそろ姿が見えてくる頃だ。

この山に低レベルの魔物は少ない。きっとみんなも分かっている事だろう。

「オ、オウガ…」

遠くに見えた灰色の巨体に、新人たちが驚きながらも迎え撃つ体制をとるのを見て、俺は口元が緩むのに気付く。

やる気があるのに仕事が出来ないのは、辛かろう。


ゆっくりとこちらに向かってくるオウガは鉄等級に値するレベルの魔物だ。新人の白銀等級のチームが戦う相手ではない。

「右に俺が行く!トアは後ろで魔法を頼む!グラスは左に回ってくれ!」

走りながら剣を抜きコルドが二人に指示を出す。トアはすぐに詠唱をはじめ、グラスは左回りでオウガに駆け寄っていった。

オウガは左右から来る相手に一瞬悩み、剣の大きさを見たのか、コルドの方に手を振り被った。とっさに剣で受け止めるが、そもそもの膂力が違う。近くの木に向かってコルドが吹き飛ばされた。

「〈炎熱〉!」

吹き飛ばされたコルドに駆け寄る暇もなく、トアが紡ぎ終えた魔法をオウガの胸に叩き込む。その左の腹を目掛けてグラスが大剣を横薙ぎに叩き込んだ。

しかし、胸に当たった魔法を手で払うと、オウガは腹を切られた事に怒りの咆哮をあげて左手でグラスを叩く。地面に叩き落とされたグラスは、オウガの手を避けるために地面を蹴り上げて距離を取った。とは言え剣士二人は血を流している。動きの遅い二人よりも優先度が高いだろうとオウガは決め、無事な魔法使いのトアを目掛けて突っ込んできた。


「させないよ?」

俺は右手を一振りさせて、オウガを細切れにする。

綺麗に地面に散ったそのオウガだった何かを、三人が見つめた。


コルドの手を引っ張り立たせてグラスの隣に連れて行ったあと、トアを見る。

「トアは回復魔法を使えたよな?」

ポカンとした顔で俺を見ていたトアは、はっと気が付いたように短く詠唱して二人に魔法をかける。白い小さな光がクルクルと二人の周りをまわって回復しているのを見ながら、辺りを警戒する。さいわい大きな声や戦闘音につられた魔物はいないようだ。

「あの、エルムさん」

「なんだ?」

「これって…その」

「うん。訓練も兼ねているから」

三人が三人とも泣きそうな顔で笑う。

当たり前だろう?自分の実力で稼げるようになってもらうぞ?

「大丈夫。瀕死ぐらいなら、いくらでも回復してやれるから」

「ああ、そういう、感じなんですね…」

三人が小さく項垂れるのを見てから、俺は山の上を指さす。

「ここを離れてから、日が落ちる前に野営場所を決めよう」

「はい」

三人の声が揃う。まだ元気な返事に俺も安心した。





お読みくださり有難うございます。


2024/06/08 改稿

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