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絶望的実力者の日常  作者: 棒王 円
ガロニ島の悪夢
18/21

聖職者の本懐

この話では、グールと屍鬼は別物として扱っています。

違いは、のちの話で出て来ると思いますので、ご了承ください。





目が覚めて、頭を掻きながら起きる。

寝る前まで見ていた資料が、部屋のテーブルの上に置いてある。

厄介な相手。


大量発生しているのは屍鬼。

始めはガロニ島という場所から発生したらしい。

らしいというのは、気が付いたら島の中は屍鬼だらけになっていて、何時とかの時期の記録が無いからだ。


今まで発見された事がない魔物ではなく、何処にでも出現する割合普通の魔物なのだが、大量発生にはなった事がない。


それは、自然に大量発生する事がほとんど無くて、死霊術師がうっかり多く作ってしまって暴走したとか、グールがうっかり多くて屍鬼も一緒に発生したとか。とにかく、たまたま多かった以外の状態になった事がないからだ。


だから大きな島一つが殆んど屍鬼になっているなんて、まあ自然ではない。

多分誰かが意図的にやっているはずで。それが誰かは分からないけれど。


止めなくてはならないと、そういう事だ。



「おはよう」

欠伸しながら一階に降りるとベルクが朝食を並べていた。

「おはようございます、エルム様」

「うん」

椅子に座って、濃い紅茶を飲む。少し苦いけど目が覚める。

ベルクを見ると、嬉しそうに笑っている。

帰ってこないといけないだろうな。ここに。


支度って言ってもカバンを下げてローブを着て。足回りを確認して終わり。とても何時も通りの感じで特別感が何もない。


「じゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ」

いつもと違うのは少し不安そうな顔ぐらいか。



ギルドにいって魔石の話を聞くとギルマスに捕まった。王室から連絡があって買取り強化しているから、お前も取って来てくれと言われる。

「ごめん無理だな」

俺が断ると、ギルマスが眉根を寄せる。

「どうした?」

「昨日、王室に特別招聘を受けた」

「……そういうことか」

納得された。まあそうだよな俺が昨日呼ばれて、その後にこの事態だからな。因果も分かるというもので。

「気を付けろよ?」

「ああ」

ショロンのギルドから出て、集められているはずの魔石を貰いに王都に飛んだ。


王都中央の城門前で誰か呼べばいいかと思っていると、リガードさんが歩いて来た。俺を見て中に入れてくれる。

「何か確認しないで入れて貰えるような通行証みたいなものを貰えば良いのでは?」

そう言われたけど、何時もは勝手に入っているのでそういうの要らないんだけどな。


魔法局によって魔石を貰う。マジックバッグにポイポイ入れて、集まった分の半分位を貰った。まあ足りると思うけど。一応聖水とポーションも貰った。

さあ、思いつく限りは準備したんだ、行こうじゃないか。




まずは、フィランスタ聖公国との国境まで。

乗合馬車は遠回りになって現実的じゃないので、走るか飛ぶ方が良いかな。

馬は走り潰す前提で乗らないといけないから、乗らない。

細い街道を走っていく。と言っても半分は浮いているような歩幅だけど。誰かが見ていたら怖がるだろうなあ。


景色が少し変わった。

土の感触と色が変わったので立ち止まって、周りを見る。

国境が森になっているのは両国にとって善いことしかないようで、地続きの国では割とあるらしい。

森を抜けると、割と大きめの門があった。きっと国境の門だろう。

この造りは珍しい。普通は小さな町があってそこで越境手続きをする。


そこに門番らしく人が二人立っていた。

「こんにちは。クラータ王国の方ですか?」

「はい」

良い笑顔で話しかけられた。答えると手続き用の紙を取り出された。

「何か身分証は有りますか?」

「冒険者ギルドのタグで大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

兵士の格好をした人にギルドタグを見せる。


「う、お、白金等級…」

「入れますか?」

俺が聞くと、激しく肯かれた。

そんな勢いを付けなくても。

書類も書かずに中に入る。凄いな白金。


土の色が違うと植物の植生も違うのか、生えている木が違うだけで随分雰囲気が違う。人の肌の色とか目の色は同じなのに不思議だな。

ああでも、宗教国家だからか首から聖なる印を下げている人が多いな。

今回の事象に対しては正解かもしれない。


まあ、あの聖なる印がどれだけ屍鬼に通じるかは、見てみないと分からないけれど。


とにかく公都スタグリモアに行かない事には。

多分そこのギルドにも話は言っているはずだ。ショロンのエルムが話しを受けたって通達が。行ってなかったら、それはそれで。


クラータ王国と比べてフィランスタ聖公国は四倍ほどの大きさがある。

その中に無限かってぐらいに教会がある。

泊まれるから大概の旅人が教会に泊まる。宿屋は逆に少ないらしい。

俺も日が暮れてから小さな町の教会に行ってみた。寄付が必要だけど、簡単に泊まらせてくれた


一日中走っていたから、さすがに足が痛い。

というか靴底が薄くなって無いか心配だ。

小さな窓から外を見る。まだ何の違和感もない。屍鬼はいないようだ。

ここまで来てたら駄目なんだけど。


ベッドに座ったはずなのに、気が付いたら寝ていた。

もう日が昇っている。


泊めてくれたシスターに礼を言って、多めに寄付をして。

それから走る。

二日で国を一つ、走って越えるってなんだろうな。


村も町も寄らずに一直線に走った結果。

夕方に大きな塔が立っている白い公都、スタグリモアに着いた。


さすがに疲れている。町を見て感動とかどうでもいい。

宿屋に泊まって、風呂に入って寝たい。

国の中心の都なだけあって、宿屋があったから入って個室の小さな風呂に入る。

風呂からあがって適当に髪を拭いて、寝た。


次の日になってやっと、部屋の雰囲気が違うとか宿屋の前が大きな広場で景色が良いとか眺める気にもなった。旅人じゃないからそこまで楽しむわけにはいかないけれど、食堂で食べている間ぐらい外を眺めて、少し落ち着きたい。


お薦めって書いてあった鶏肉に何か野菜のソースが掛かっている物を食べてみる。フォークにさして口に入れる。

お、美味いな。


割と賑わっているお店だったから、広場側のテラス席に座っている。店の中の席は満杯。うちの王都ってこんなに人がいたかなあ。

パンも口に入れた時に、俺の座っているテーブル席の相向かいに人が座った。

「相席いいですか?」

いや、他にも席空いているけど。

俺は美人だから許すとかしないよ?


「他も空いてる気がするけど」

「エルムさんの近くの席は此処しか空いていませんわ」

「え、誰?」

にっこりと微笑まれた。


薄い金色の長い髪、琥珀色の瞳、真っ白なローブは細かい刺繍がしてある高級品。どう見ても高位の聖職者だが。


「国境を管理している部署から連絡が入りましたので、そろそろご到着されるかなと思いまして、待っておりました。私はリリースと言います。筆頭聖女をさせてもらっていますわ」

なるほど?

割と管理がしっかりしてるな、この国。


「まあ、手間が省けて良いけど。まだ食べてるから待っててもらっていいかな?」

「はい」

微笑んでいる聖女は良いけど、後ろのお付きの聖騎士さん達の殺気は面倒だって。

そして景色を見るのに邪魔。

手で避けてって左側に降った。


「貴様!」

「いや、見えないから。せっかくこの国の景色を見ているのに」

「聖女様がいらしているのに、そのような態度は許せん!」

「聖女を見に来たんじゃないんだよ。国の現状を見ているんだ。視界を塞がないでくれ」

俺が言った後に、聖女が騎士を下がらせる。

「もっと後ろに下がりなさい。エルムさんの視界に入らないように」

「しかし聖女様」

「あら、あなたは何時、私に意見できるようになったのかしら」

ニコッと笑った聖女が聖騎士たちを下がらせる。

笑顔で出来る所が。


「どうでしょうか、この国は」

「俺が見える範囲で侵蝕されていたら、ヤバいでしょ」

「では、まだ安心という事ですわね」

いや、分かっているだろう?

自分の力が浸透して、死に紐づく力なんか存在できないって。


町を行きかう人達も別段暗い顔もしていないし、空気も一粒の異物も混じっていない清浄なものだし。聖女の力凄いな。


「ここまで清浄化していると、他の土地に行った時大変だな」

「あら、他の土地に行く必要がありますか?」

こわ。

国に縛るという事を実質的な事象でやっているという。


「これなら、屍鬼なんて入って来ないと思うけど」

「公都には、入れないというだけですわ。他の土地の保証は出来ません」

「ああ、まあ、そうか」

一人の人間が影響を及ぼす範囲としては規格外だけれど、さすがに国一つを守ることは出来ないだろう。


恐る恐る近寄って来た店員さんが、食後のお茶とデザートを置いていった。

「あら、ケーキなんて頼みましたの?」

「セットで頼んだから、おまけだろ?」

クスクスと笑われる。

なんだよ。ケーキ食べたら駄目か?俺はそんなに厳つい外見ではないはずだけど。


赤い果実のケーキは紅茶によく合ってて美味しい。

ああ、甘いものは疲れている時は旨いね。

ナナミの言葉だけど、今は分かる気がする。


「さて、待たせたな。何か話があるんだろう?」

「はい、ギルドの代表も来ていると思いますので、我々の教会に来ていただけますか?」

「わかった」

通過するだけの国ではないという事だろうか。

ここの国はまだ、さして被害はないはずなんだが、対策とかそういう話だろうか。


広場を横切って、公都に入ってから見えていた、高く白い塔を併設している巨大な教会に連れて行かれる。入り口から入るとすぐに礼拝堂。何処も造りは同じようだ。

礼拝堂を歩いている時に、ふっと“ル”が話しかけてくる。

《気をつけて》

短い言葉。


ああ、魔物じゃなくて。もっと怖い物の方ね。

面倒な。



リリースが先導して、長い廊下を歩いた後に大きな扉の部屋に入った。会議とか多人数の晩餐でもするような長いテーブルが置いてある部屋に、数人の人間が待っていた。

服装から察すると、二人ほどは冒険者ギルドのメンバーだろう。

あとは、貴族だろうか?綺麗な服の人物がひとり混じっている。この国に王様はいないけれど貴族はいるから、その中の一人だろうか。


「リリース様」

「皆さま、お待たせしました。エルムさんをお連れいたしましたわ」

いっせいに席を立って、待っていた人達がリリースに声を掛けた。それに微笑んでリリースが返事をする。返事をされてから皆がまた座る。…王様待遇だな。

一番奥の席にリリースが座って、俺はその横になる角の席に座らされた。迎賓席とか、もっと離れていたいのだけど。


ここも侍女がお茶の用意をして、ささっと壁際まで下がっていく。

そういう貴族的な物に、慣れたけど色々思う時もある訳で。

権威って本当に面倒だ。


紅茶に手を着けずに、紙を持った女が立ち上がった。

飲まなくていいのか。

「初めまして、エルムさん。今回はギルド連盟の依頼を受けて頂いて有難うございます。公都スタグリモアのギルドマスターをしている、ヘルスィと言います」

「どうも」

俺の返事で空気がピリッとした。

え、ギルドのメンバーまで怒るとかってどういう事?返事の仕方が嫌って事か?


「クラータ王国では、どういったお話をされて来ましたか?」

どういった話?

「…依頼内容以外は別に」

「なにか対応策とかは言われなかったのですか?」

なんだ?何を聞きたい?

「俺が行けばいいだけだから、他にはなにも」

「そうですか。我々ギルドとしては、何か新たな対応策があれば、ぜひ教えていただきたかったのですが」

ハアッと大きい溜め息を吐かれた。それからいくらか見下した目で見てくる。

こいつは何を聞いて話をしているのか。白金等級がかなりの数やられている事実をどう捉えているのか。


隣に座っていた貴族風の男が話しかけてくる。

「エルムさんが行けば解決すると?そういう認識で良いですかな?」

「…だから、依頼が来たんだろう?」

「ええ、まあ、そうですな」

曖昧な返事を返されて俺はリリースを見る。にっこりと見返された。

この見極めるでもない、緩い話し合いは何の為か。


「皆が白金等級の冒険者に、期待をしているのです。この事態を一人で解決できるかもしれないエルムさんとは、どういう人物なのか興味があるのです」

「俺はお前たちに興味はない」

俺が立ち上がると周りの聖騎士たちが槍を構える。

そんな眼に見える動きで俺を止められると思っているのか。


「何か状況の変化が有って、話し合いがあるのかと思ったが。俺の方に情報を要求するだけとか、この事態を舐めているとしか思えない。これ以上の話は無駄だ」

歩いて扉の方に向かう。後ろで他の奴も立ち上がった音と気配。


「待ってください、エルムさん。そんな態度では依頼を取り消されるかもしれませんよ?」

振り返って見ると、ギルドのヘルスィという女が嫌な顔で笑っている。

「別に、取り消して貰って構わない」

「はあ?!依頼取り消しなんて不名誉でしょう!?」

眉を吊り上げて女が怒鳴る。何を言ってるんだ、この女。


「不名誉でも別に良いよ。やらなくていいのなら俺は自分の国に帰るだけだし」

「依頼を止めてもいいと!?」

お前にそんな権限はないはずなんだが。

「お前さ、本当にギルドの人間か?今の事態が分かっているのか?」

「何ですか、その態度は?」

どれぐらい思い上がれば、そんな言葉が自然に出るのか。

つい溜め息が出る。


「安全に慣れ過ぎているのか?今は世界が崩壊するかもしれない事態だぞ?」

「あはは、何を言っているんですか?屍鬼ごときで世界が亡びるかも知れないなんて、おかしな話をするんですね?」

ああ、バカか、この女。


その女から視線をリリースに移す。リリースはじっと俺を見ている。

「リリース。こんな話の為に呼んだのか?」

「あなたの実力が分からないのに、お任せするのは嫌だったので」

聖女は実のある事を言ったな。


「話し合いでは実力は分からないし、依頼に関してはこの国だけが依頼している訳でもない。ギルド連盟には五か国の名前が書いてあったから他の四つの国を無視して依頼の取り消しなど出来ない」

俺が言うと正論と分かっているギルド員は黙った。けれどバカ女はまだ俺を睨んでいる。


リリースがポツリと言う。

「あなたは、事態をどうにかできるのですか?聖職者ではないのに?」

「…聖職者じゃないが、清めることは出来るから」

「そうですか」


それ以上の言葉が無いので帰ろうと、俺が扉に手を掛けるとピリッと手にしびれを感じた。

閉じ込めるための魔法か。鍵ではなく合言葉だろうな。

「この部屋から出たければ、私達に従いなさい」

後ろからバカ女の醜い声が響く。俺は溜め息を吐いて扉に手を置いた。


「〈潰滅〉」

扉が床ごとザラッと崩れた。


「は」

ヘルスィの声が聞こえた。

「何をしているんですか、あなたは!?」

「監禁拘束とか攻撃とかしてくる奴は全員敵だ。ギルドとか王族だとか関係ない」

「聖堂を壊すとか、大罪人ですよ!?」

まだ、がなっている女の首に、魔法で圧を掛ける。

たとえ元々は魔法を封じてある部屋だったとしても、扉と床を壊した今は魔法が使える。


「何も言わずに魔法を封じてあるとか、それの罪は?」

「ひい」

「お前は何も知らないのだろうが、白金等級って言うのは名誉職じゃないんだよ」

俺はリリースを見て話す。

「こんな事をしている奴に何も言わないのか?」

「あら、私が自国の民に怒ると?」

にっこりと笑うリリース。


「そうかい」

「あなたを捕まえて、この国の為に仕えて貰ってもいいのですよ?」

「断る。俺の神は女神アブローネではないからな」

俺の言葉に、リリースが天を仰ぐ。

「ああ、我が女神よ、愚かな男に天罰を」

周りの奴らがびくっと首を竦める。何がしかの天罰がリリースのその言葉で落ちると思っているのか。


来る訳ないだろう。

「え、どうして」

「アブローネも困るだろう。俺に攻撃とかできる訳がない」

”ル”の趣味友は案外幅広い、思い出して溜め息を吐く。


女神同士の事情など知らない女が俺をじっと見ている。

「まさか、あなたは」

「加護持ちに負ける訳がない」

「そんな」

余裕がなくなったのか、ガタッと椅子を立ちあがって俺を見ている。

ふいに俺を指さしてリリースが大きな声で言った。

「出て行きなさい。冒険者エルム。この国を早く出て行きなさい」

「言われなくても、もともと長居する気もない」


壊れた床を飛び越えて、長い廊下を歩く。

おかしな事態になったものだ。

この町のあり方が変わるとは思わないが、見られただけでも良かった。

助けるのは、後回しで良いな。


人目とか考えて行動してやったのが馬鹿らしくなって、外に出てすぐに空へ飛んだ。

これなら早くトレモ帝国に行ける。

わざわざ気を使って走っていったのに。気を使う国を間違えたか。



フィランスタ聖公国の南側。さすがに暗くなったら下に降りて野宿した方が良い。目標物が見えなくなるから別の所に飛んでしまう可能性があるし。

景色を見ながら飛んだのが悪かったのか。国を出るにはもう少し時間が掛かる。

かといって此処までに追手の気配はない。聖公国という名前でも軍隊は有るし騎士もいる。暴力的な事をしない訳でもないだろうし。


そう思っていたが、何も追って来ないとは。

聖女ってやつが何を考えているのか。

俺は枝を集めて火をつける。肉は何時もバッグに入っているから取り出して焼いてみる。あとはスープでも作るかな。バッグの中から鍋を取り出す。


パキッと枝を踏む音がした。

そちらを見ると、年季の入ったローブを着た青年が立っていた。


「あの」

「何か用か?」

俺が聞くと頷いた。

「あの、僕も火に当たってもいいでしょうか」

周りを見回すが他に誰もいない。


「いいよ、そこに座れば?」

「有難うございます」

どう見ても俺の方が年下だろうに丁寧な言葉だな。


鍋に水を入れて野菜と肉を入れる。味付けはミルクでいいか。塩と胡椒と調味料を入れて火の上に作ってある焚き火台の上に置く。

青年はそれを見ている。


「…食べる?」

「え!良いのですか!?」

お腹が空いている気がして声を掛けたのだが、思いのほか食いついて来た。

俺が器によそって渡すと、嬉しそうに食べはじめる。


「久しぶりの食事で、意地汚くてすみません」

「え、そんな事思わなかったけど、おかわりする?」

頷いて器を差し出してくる。

ちょっと可愛いな。


食べた後片付けをして、焚き火に木を足してから青年の顔を見る。

「俺はエルムという。あなたは?」

「あ、失礼しました。名乗る前にご飯を頂くなんて。僕はゲインと言います。渡りの詠者です」

「渡り?」

聞きなれない言葉に聞いてみる。

その質問が不思議だったのか少し首を傾げられたが、ゲインは説明してくれた。


「渡りというのは、定住地を持たない者の事です。所属している教会は有るのですが、住居とかはありません。常に移動して修行をするものです」

「それは不自由じゃないか?」

俺の言葉にゲインが苦笑する。

「仕方ないのです。僕は詠者という称号は有りますが、加護を持っていません。輔祭になるには身分が低く住居を持てるほどお金もありません。渡りをして生きるのが精いっぱいなのです」


あの公都に住んでいるのは選ばれた人間と。そういうことか。

「詠者って何だ?」

「はい。聖歌を唄って魔を払う者です。これからトレモ帝国に行こうと思っているのです」

「なぜ?今あそこは大変だろう?」

俺の言葉にまたゲインが苦笑する。

「大変だから行くのです。何か力になれれば」

おい、ここに聖人がいるぞ。


「俺もトレモ帝国に行くんだ。一緒に行かないか?」

「え、良いのですか?僕はあまり力にはなれませんが」

「俺が一人で行くのもつまらないし、ゲインが良ければ」

「喜んで同行させていただきます」

そう言ってニコッて笑うから、この国に対しての嫌な印象を少し変えてやろうかと思う。俺の気持ちの話だけなので、誰が得って訳じゃないが。




お読みいただき有難うございます。

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