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豆腐の角に頭を打って死ぬ

作者: 栄藍ユイオ

 「今日は風が吐きそうね。」緑色の空を見上げたマーマは言った。僕も空を見上げて「そうだね。」と返す。一緒に洗濯物を畳んでいる時、マーマが今日は何を食べたいか聞いてきた。特に食べたいものはなかったし、マーマが作るものはなんでも美味しい。けどそれを言ってしまうと、マーマの髪の毛が悩みと闘ったストレィスでまた一本抜けてしまう。残った十三本の髪の毛を見つめ、僕は一番最初に浮かんだ食べ物を言った。

「アババアバの星屑炒め!」

「確かに最近食べてなかったね。」マーマは僕の意見が嬉しかったのか、長袖を捲って、やる気を鼻から出している。笑うと蒼く光る皮膚の色は、いつ見ても可愛い。台所で耳歌を唄いながら料理をするマーマと、ベニンチャイルで富士海大冒険を演じて遊ぶ僕。そんな僕たちの日常に、叫び声が響いた。

 

 

 叫び声を追うように外へ出ると、近所の生き物たちが集まっているのがみえた。ガイコツの身腐さんが慌ただしくしているけど、歩く度に鳴る骨の音のせいで何を言っているのか分からない。マーマは僕を抱きしめたけど、何が起きているのか知りたかったから抱きしめ返さなかった。お祭りの時みたいに、流れに沿って歩いていると警察の車が止まっているのを見つけた。僕の家から、向かいにある家の裏へ進んで三番目の家の下に行ったところにある家で、T589C星から引っ越してきたご夫婦が住んでいるはずだ。警察が来て緋いテープを貼り、僕たちを遠ざけようとする。僕はまだ身体が小さいから、皆の間をすり抜け、話を盗み聴くことができた。

「主人が、、主人が。」

「奥さん。旦那さんはー」そう聞こえたところで警察に見つかり、投げ飛ばされた。もう一度声が聴こえる距離まで近付いた時には、ある程度話が終わっているようだった。

「主人は殺されたのですか?」

「いえ、まだ分かりません。ですが死因だけははっきりしています。体液と一緒に床を濡らしたのは水。そして周りの白い粕から予想するに、豆腐の角に頭を打って死んだのでしょう。」

 この世で一番恐ろしい殺され方だった。

 

 

 マーマは家に帰った後も、僕を抱きしめ続けた。殺害鬼がこの町にいる。マーマは耳元でそう呟いた。マーマの怯えが身体全体の震えとなっていることを見て美しく思い、僕は抱きしめ返す。するとマーマは立ち上がり

「アババアバの星屑炒め作るからね!」と、力強く言った。僕の左肩が、冷たくなっていた。

 

 

 翌日、八次元テレビで事件の内容が放送された。捜査が難航しているらしく、凶器が豆腐であること以外分かっていないらしい。評論家とモヒカンと犬面魚が議論し合い、その後に奥さんへのインタビューへと移り変わる。

 莫大な遺産は何に使いますか?という記者の質問に対して、奥さんは「物で心を埋めます。」と答えた。一緒に観ていたマーマは、それを聞いて「この人、万事豆腐だなあ。」と言った。

 数日経っても事態は変わらなかった。凶器が豆腐であることが分かっても、絹か木綿かさえも分かっていないらしい。容疑者も上がらないことから、自殺の線が最も有効だと考えられ、他殺として事件を捜査するなら奥さんが一番有力だと報道された。

 

 

 事件から二週間が経った頃には、誰もがその事件を忘れ、他の事件に夢中だった。それはマーマも例外ではない。マーマが僕を抱きしめながら泣いた日から一週間の献立は、とても豪華なものだった。いつ何が起きても最後に食べたものがご馳走であれば、少しは安らいで眠れる、と考えたのだろう。それがある日の食卓から、前にも増して質素へと変わった。

「贅沢して、食費使い過ぎたよー。節約一緒に頑張ろうね。」が、マーマの口癖になった。その言葉を言う時、マーマの皮膚は蒼くなる。

 僕はと言うと、まだ事件のことが頭から離れずにいる。自分の部屋で茶色い夜空を見ていると、何処からか啜り泣く声が聴こえる。誰の声か分からないけどその声を聴いていると、奥さんはまだ答えを待っているんじゃないかと不安になる。皆、何かを待っている。そう考えると、一時期報道された奥さんが犯人説なんて、豆腐で歯を痛めるようなものだ。啜り泣いている声は嗚咽混じりで、少し太かった。

 

 

「あの事件、解決したらしいよ。なんと!飼っていたべいなーぷだったって!」

 町で今、話題を集めていたのは、ある事件だ。それは家にあった物が、三日に一つ無くなるという奇妙なもの。僕も気になっていたから、真実が分かってスッキリした。昔住んでいた奥さんは引っ越した。最後の日、皆は無くした靴下の片方の居場所を思い出したかのように、あの事件を思い出した。奥さんの最後の言葉は、今でも僕の耳にこびり付いている。緋い夜空を見上げ、それを思い出す。

「こんな町、もう出て行きます。豆腐は売れず粕が売れるようなこの町に、あたしの居場所はありません。」

 そう言った奥さんの瞳はダイヤモンドのようだった。

 そして今夜も、夜空を覆うような怒りと悲しみと、啜り泣きが聴こえる。

誰も知らない世界で起こった、誰もが知っている日常。誰もが加害者で、誰もが被害者。

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