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私らしく生きるとは・1


 そのまま、無視して帰ることもできた。けれど腐っても王族。まして、ケネスが仕えているアイザック王子の兄君だ。

 あまりに軽んずるわけにはいかないと、クロエは諦めて図書館に向かった。

 図書館は、明かり取りの天窓から光が差し込み、幻想的な雰囲気が漂っている。勉強熱心な学生や、執務に必要な資料を取りに来ている文官などがいて、それなりに賑わっていた。


「遅かったな、クロエ嬢。こっちだ」


 半二階にある閲覧スペースの手すりに寄りかかり、バイロンが手を振ってくる。それまで王子の存在に気づいていなかった学生たちが途端にどよめいた。後ろに控える従者は困ったように額を押さえている。


「しー!」


 黙っていてください、とまでは言えないので、クロエは指で訴えた。

 勘弁してほしい。ただでさえ、存在そのもので目立つのだ。これ以上注目を浴びるのはごめんこうむりたい。

 急いで半二階に向かうと、バイロンの座っている座席の机には、本が三冊載せられていた。


「まあ座れ」


「はい」


「君の意見はなかなか面白かった。だが、思うだけでは世は動かない。実現させたければ実行可能な計画と、行動が必要になる」


「はあ」


 なにが言いたいのだろう。

 バイロンの意図が掴みきれず、クロエはなにも言えなくなっていた。いつもならば会話の主導権を先に握ってしまうのだが、今は掴むべき先端を見つけられずにいる。


「私は、体調を崩していた期間が長かっただろう。その間、できることは考えることだけだったのだ」


「はい」


「健康で執務をしていたときは、目の前に提示されたものこなしていくことが自分の仕事なのだと思っていた。正直言えばそれだけでも結構な量があるからな、日々忙しくて、一日が終わるのは早かった。それで、立派に王族としての務めを果たしていると思っていたんだ。……だが、起き上がれなくなるようになると、私には仕事が回ってこなくなった。そこで初めて、〝どうすれば〟と考えるようになった」


「……どういう意味ですか?」


「元気になって父上のお役に立ちたい。ではどうすれば、俺の体は治るのか。医者の診断を聞き、奇病にまつわる本も読んだ。いろいろ試したが改善はしなかったがな。だから次はこう考えた。“どうすればこのままの状態で父上のお役に立てるのか”」


 よどみなく話し続けるバイロンを、クロエは奇妙な気持ちで見つめた。

 昔持っていた意地悪な王子のイメージは、淡々と語る今のバイロンとは合致しない。


「やがて見えてきた結論がある。〝どうすれば、この国はよくなるのか〟を考えたら、答えはひとつだ。アイザックを次期王として立てればいいのだ。平民の不満が高まり、貴族政治が腐敗した今、ふたつを活かしながら国を治めるには、両方の血を持った王子の存在が一番有用だ」


「でも、法律では、継承順は年齢順と決まっております」


「それはそうだな。だが、目的のために、そこは守らなければいけないものなのか?」


「はぁ?」


 先ほどから何を言っているのか分かっているのだろうか。法は守らねばならぬものだし、慣例もできる限り続けていくものだろう。そうでなければ困るのは、むしろ王族のはずだ。

 普通、自分の権力を失うことをよしとする人間などいない。


 だが、バイロンは飄々として続ける。


「国がつぶれれば、法など意味がなくなる。実際、伯父上だって、法の下に生きているような顔をして法を破り続けていたわけだ。それも、自分の目的のためにな。……伯父上のように目的が自分の利益のみを追求するものならば、それは咎められるべきだろう。だが、目的が国の存続であるのならば、法よりも大切なのではないかと私は思うんだ」


 彼の言っていることは全くの間違いでもないだろう。しかし、王子自らが法を破ることを推奨するようなことを言うものではない。

 クロエは周囲が気になってゴホンと咳ばらいをする。


「それは……あまりに極論というものですわ。法は人々が正しく平和に暮らすために作られた決まりです。どんなに崇高な目的であっても、一度でも特例を作ってしまえば、悪用するものが現れるかもしれませんわ。できるだけ守られるに越したことはないと思います」


「まあそうだな。それは前提条件だ。……ふむ、君はやはりなかなかに勉強しているな。意見もしっかりしている。女性は卒業資格だけ取ればいいという考えの者が多いと思っていたが、感心だな」


 またも、意外な物言いをされて、クロエは目を瞠る。

 勉強熱心なことを、感心されることは少なかった。在学中は成績はいい方が褒められるのに、卒業してからは、なにもかも分かったような物言いが勘に触ると言われるのだ。

女に生まれたことの不条理さを、クロエは頻繁に感じていた。


「……私はな、君も知っての通り、一度は〝亡き者〟にされた。そのときに、王子としての生き方は捨てたつもりだ。アイザックに王位継承権が移ったのは、国のためになると判断し、生き残れたあかつきには田舎町で隠居暮らしをするつもりだったんだ」


 バイロンが生きるか死ぬかの状態で匿われていたことは、全てが解決してから知らされた。

 自分の葬儀が行われると聞かされた心境は想像するだけでも恐ろしく、精神錯乱してもおかしくないと思うのだが、この冷静さはなんなのだろう。


「だが、コンラッドと伯父上がアイザックを陥れようとして、結局は隠れたままでは居られなくなった。私にもまだ第一王子としてやれることがあるのだ、という神の思し召しなんだろう」


 結果的に、アンスバッハ侯爵はその身分をはく奪され、隣国で多発した要人の毒殺事件の容疑者として、引き渡された。

 コンラッドは反省を認められ、臣籍降下の上、辺境地であるグリゼリン領へと追いやられた形になっている。


「クロエ嬢、人や国が発展するのに必要なことは想像することだ。成し遂げたい思いがあるならば、思い付きで動くより先に、どうすればそれが叶えられるのか熟考することが大切なのだ。安易な提案を受け入れる前に、それが本当に必要なものか考える。自分が得たいものの本質を見極める。それは簡単そうだが案外と難しい。一朝一夕ではできないだろう。アイザックを次期王にすることは、かなり長い間考え続け、最良だと感じた考えだ。だからこそ私は、王位継承権は辞退した。それこそが自分の思いのためになると思えたからだ」


「思いのため?」


「父上を支えるのだ。いい国を作る。上に立つのは、私じゃなくとも構わない」


 驚くほどまっすぐな目をしていた。クロエは、胸の奥がむず痒いような変な感覚がして、急に居心地が悪くなる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 王侯貴族の政治であろうと民主政治であろうと、どっちにしろ誰かが悪い政治を実行する可能性は捨てきれない。 時にはクーデターやデモのような大事を起こしてでも、時々は既成概念などをひっくり返さなけ…
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