第9話:昼食
「それでは、午前のカリキュラムはここまで。お疲れさま。」
リオンがそう告げると同時に授業終了を告げるチャイムが鳴った。
「2世、お昼食べに行こうよ。」
エリスが授業終了を待ち構えていたかのように僕のもとにさっと寄ってくる。
「そうだね、エリス。トライスは?」
いつも見かけるメンバーが1人足りない。
「今日は別のグループとお昼食べるらしいよ。」
トライスは交友関係が広いからな。
それに剣魔祭の情報収集でもきっとしているのだろう。あとで、聞いてみよう。
「そっか。それじゃあ、僕たちだけで行こうか。」
午前のカリキュラムが終わり、今はお昼休み。
僕たちは学院内にある学食へと向かった。
購買部もあるが、学食のほうが温かいご飯を食べられるので、僕は好んで学食をいつも利用している。
大抵は、エリスかトライスと行くが、誘われれば別の人とも行く。
食堂はSクラスから近く、程なくして着いた。
「2世はなに食べるか決まったの?」
「僕はいつも通りのAセットにするよ。」
Aセットとは、いわゆる日替わりメニューだ。バラエティー豊富なメニューであるため飽きることはない。迷うことなく毎日このメニューを選んでいる。
対して、エリスはというと、
「え~と、どれにしようかな?全部美味しそうだし決められないよ。」
いつも迷っている。
小さな金色の頭を左右に振りどれにしようか決めかねているようだ。
「よし、じゃあ今日はこれにしよう。」
しばらくの熟考のうえに、ようやく決めたらしい。
二人並んで券売機で食券を買い、カウンターから料理を受けとる。
お昼時ということもあり、席の多くは埋まってしまっているが、2人席を見つけ座る。
「それじゃあ、食べようか。いただきます。」
「うん。いただきます。」
しばらくは昼食を静かに堪能していたが、食事が一段落したところでエリスが話しかけてくる。
「今日の魔術理論の授業難しかったね。」
「まあ確かに、授業についていけてない人もけっこういたね。」
今日の魔法理論の授業はわかる人とわからない人で完全に二極化していた。
僕とトライスはわかる側であり、エリスはわからない側だった。
「2世はわかったの?」
「あれくらいの話ならね。」
魔法理論の基礎といえば基礎の話になるからね。
「うっ、それはあれくらいの話がわからなかった私への当てつけかな?」
ジト目で僕を見るエリス。
「いやいや、違うよ。」
軽く否定しておく。
授業の合間合間でエリスの様子を観察していたが、とても理解しているようには思えなかったが案の定、わかっていなかったようだ。
実技はできるのに、その理論がわからないとは、なんだか不思議な感じがする。
「けど、あれくらいの理論がわかっていないといざ、実戦になったときに困るかもしれないよ。」
オブラートには包んだが、魔術の基礎的な理論を理解しないで剣を振るうのは自殺行為に等しいと考えている。
1,2学年のときは剣術の基礎とその活用方法を学んできたが、3,4学年においては本格的な魔法理論を学ぶことになる。
これは、その先にある実戦を見据えた上でのことだが、エリスにはそれが理解できているかも怪しいところだ。
「あーあ、2年生までみたいな剣術を学びつつ、魔術理論はさらっとやる授業スタイルが好きだったのにな~。」
エリスは腕を放り出し、机に顔をうずめる。
よっぽど、午前の授業が堪えたようだ。
「そんなことも言ってられないよ。剣魔祭が終わって時間ができたら、僕でよかったら魔術理論の勉強を教えようか?」
人に教えられるほどのものかはわからないが。
「、、、え?ほんとに?約束だよ?」
エリスはその言葉を聞いた途端、顔をさっと上げ、紺碧の瞳を輝かせる。
先ほどまでの曇った表情がウソのように、今はニコニコとしている。
「ところで、なんで2世はさ、そんな魔術について勉強しているのかな?」
今さらながら、エリスはそんなことを聞いてきた。
唐突な質問ではあるが、ゆえに自分でもそんなに深く考えたこともなかった。
「別に勉強してないよ、、、。とは、言えないね。」
「そうだよ。なんでなんで?」
エリスは身を乗り出す。
「そうだね、、、。」
しばらくの間、考えてみる。
自分が剣術だけではなく、魔術についても勉強している理由か、、、。
「そうだね。この世界を知るためかな。」
考えた末の結論がこれだ。
「世界を知るため?」
エリスは僕の言葉をオウム返しする。
少し抽象的過ぎたかもしれない。
「つまりは、僕の父、勇者がなぜこの世界を守ろうと思ったのか?なぜ、自らの命を賭してまで守ろうとしたのか?そして、なにを守ろうとし、なにを守れたのか?それを知るために、魔術、いやそれ以外のことも僕は知りたがっているんだと思う。」
エリスに言われるまで自覚することはあまりなかったが、言葉にするときっとこんな感じだろう。
「だから、2世の将来の夢は冒険者なの?」
そう、僕は将来の夢を聞かれるたびに、冒険者になりたいと答えている。
エリスもまたそれを覚えていたようだ。
「うん。この広い世界を自分の目で見てみたいからね。」
さまざまな国を見て、その国の人や文化に触れ、父である勇者が残せたものを実際に感じてみたい。
そして、そのなかで僕が残していきたいものも見つけていきたい。
それが、昔からの夢の1つだ。
「、、、そのときは、私も一緒していいかな?私も2世とたくさん冒険がしたいの。」
碧い瞳を少し揺らしながら、不安そうな声で聞いてくる。
まるで、拒絶されるのを恐れているように。
そんなエリスに僕は優しく語り掛ける。
「逆に、僕と一緒に冒険してくれるかい、エリス?」
頼むのはこちらのほうだよ。
僕はきみと、もっといろんなものを見て聞いて、それを共有したい。
楽しいときも悲しいときも、きみと一緒にいたい。
恥ずかしくて、今は言葉にできないけどね。
「う、うん。もちろん。絶対だからね、約束だよ。」
今日だけで2度目のエリスとの約束ができてしまった。
しかし、先ほどの約束は果たせるとは思うが、こちらの約束は果たせるかは到底わからない。
「だけど、冒険は僕が勇者の宿命から解放されるまでのお預けになるけどね。」
僕には僕自身の夢を叶える前に、世界中の人々の夢を叶えなければならない。
それは、今も世界各地で猛威を振るっている魔王幹部たちの討伐と世界秩序の回復という夢である。
父である、勇者ですら達成できなかった世界の悲願ともいえる。
そして、こうしてこの学院で毎日鍛錬に励んでいるのは、自分の夢のためでもあるし、その世界の夢のためでもある。
どれだけ心身技を鍛えようと勝てない相手かもしれないが、自分が先導して戦っていかなければいけないことは十分わかっている。
たとえ、自分が道半ばで倒れようとも、聖火は絶やしてはいけないのだ。
それが勇者の意志であり、勇者の子の宿命でもある。
そして、その世界中の夢が実現したら、ようやく僕自身の夢を叶えたいと思う。
「また、怖い顔してるよ、2世。」
エリスは心配そうに顔を覗き込む。
「ごめん、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど。」
悪い癖が出てしまったようだ。
「勇者の宿命とかさ、考えるのも大事だとは思うけどさ。まずは目の前にあるものを大事にしないとね。」
確かにエリスの言う通りかもしれない。今、なくして未来はない。
将来を不安視していてもなにも好転することはないか。
「だからさ、今を楽しもうよ。ね?勇者の宿命とかは、その時が来た時にまた考えればいいじゃん。」
暗く落ち込みかけた僕の心に、エリスの太陽のような笑みが降り注ぐ。
ほんと、エリスの笑顔には敵わないな。
「そうだね。ありがとう、エリス。」
思わず、お礼を言う。
エリスにはいつも励まされてばかりだ。
こんな明るく優しい生徒がいつも近くにいてくれれば、この心に完全な闇が訪れることない。
そんな気がする。
「いやいや、感謝されることなんてなにもないよ。ただね、学年でも随一の実力者にして、最高の美女を前に心ここにあらず、みたな扱いされちゃうとね、、、。美女の扱いかたを知らないみたいだね、2世は。」
僕を図るようなことを口にするエリス。
さも、自分みたいな美女とこんな風に一緒にいられるなんて幸せ者なんだからねと言いたげだ。
まあ実際に幸せ者だと思うが、素直に答えるのは面白くないし、なんと言っても恥ずかしい。
エリスは優雅にお茶を飲み、こちらの反応を伺う。
「その最高の美女とは、ナナのことかな?」
そう返すと、余裕綽々だったエリスの表情が一変する。
「コラ。違うよ、私のことだよ。あと、あの子の名前を出さないでよ。」
ほっぺを膨らませて憤慨するエリスであった。
怒っている姿もまた可愛いな。
「いやね、僕のなかでは、学年一の美女はナナで、学年一の可愛い子はエリスって考えがあるもんでね。」
僕のなかにはある、勝手な考えを口にする。
当たり前だが、エリスに理解されるはずもない。
「それはさぞ、両手に華で楽しい学院生活を送れそうだね。」
エリスは青筋をこめかみに少し浮かばせている。
どうやら、さらに怒らせてしまったようだ。
「ところで、その2人のうちどちらが2世の好みなのかな?」
ぎこちない笑顔を僕に向ける。
ここで冗談でも、ナナだよ、なんて答えようものならどうなるか、考えただけでも恐ろしいことだ。
少なくとも、当分の間、口を聞いてくれそうにはない。
「さてと、午後のカリキュラムに備えてそろそろ行こうか。」
空になった食器を乗せたトレイを持ち、席を立つ。
「あー、話逸らされた。絶対にいつか答えてもらうからね!」
歩き出す僕の背中に、抗議の声をエリスはぶつける。
そして、自分も急いでトレイを持ち、その後を追いかける。
どうやら、隙あらばまたこの質問をされそうだ。
まあいつ聞かれようが、僕のなかでの答えが変わることはないけどね。
1人、エリスからは見えないように、静かに笑う僕であった。