第5話:十人組手
昨日の特訓は無理をしすぎたのか、体が頑丈なほうである僕の体でも悲鳴をあげていた。
「さすがにキツいな。」
ポツリと独り言を漏らす。
「そりゃね、あんな無茶なことすればね。」
顔を上げると、そこには一人の学生が立っていた。どうやら、先ほどの独り言を聞いていたようだ。
「おはよう、トライス。」
「おはよう、2世。」
そして、今日もさわやかな挨拶を返してくれるこの生徒はトライス・オリバーン。クラスの中でも一番仲が良いと思っている男子生徒だ。1年次からクラスを共にしており、時にはライバルとして衝突し、時には親友として協力して今日までの学院生活を過ごしてきた。この学院生活で苦楽を共にしてきた生徒の1人だ。誰に対しても平等で優しく正義感もある非常に優秀なやつだ。剣術はもちろんのこと、学力・性格共に良く、総合的な能力ではこのクラスでトップクラスだ。
「それにしてもよくSクラス相手に十人組手なんてやれたね。初め聞いたときは驚いたよ。」
それが今日、僕が疲れている理由だ。
Sクラス十人組手とは、その名の通りSクラスに所属している生徒たち10人と連続で一対一の形式で戦うことだ。
ちなみに一つの学年は5つのクラスに分かれており、それぞれがS~Dクラスという構成になっている。 そして、僕とエリス、トライスは3人とも最上位のクラスであるSクラスに所属している。毎年入れ替え制になっており、少しでも気を抜けば下のクラスに落とされてしまう。そんな実力主義的な側面もこの学院にはある。
そして、昨日の放課後に有志で集まりSクラス合同練習会が行われた。その際に、さらに高みを目指し自らを磨くべく十人組手を行ったのだった。だが、学院トップクラスの実力を有するSクラスの生徒たち10人を相手にするのはさすがにきついものがあった。
まずはやはり連続で戦うため純粋に体力面が厳しかったのもあるし、クラスメイトによって剣術のタイプが異なるためそれを見極め、攻める必要があり精神的にも疲労がたまりやすかった。
なんとか10人抜きはできたが、終わるころには息が上がっていた。だがもちろんまた機会があれば、やってみたいと思う。それは、疲労以上に得られたものが大きかったからだ。
そして、この組手の相手にエリスとトライスはいなかった。さすがにこの2人相手には万全の体制で挑まないと勝利できる可能性は薄い。それほどに、優れた剣術士だと僕は評価している。
「それで結果はどうだったの?」
どうやら十人組手をやった事実しか知らないようで、結末が気になるらしい。興味津々な様子だ。
「なんとか10人抜きはできたよ。」
サラッと答える。
「さすがだね、2世。予想はできていたけどね。剣魔祭の優勝候補筆頭なだけのことはあるね。」
本気で言っているのか、冗談なのかどちらとも取れることをトライスは口にした。
「それを言うならトライスも優勝候補の1人だからな。他人事のように言ってるけどさ。」
そう、今僕が机ごしで対面しているこの男もまた優勝候補の一角なのである。
先日のナナと僕が同率トップだったあの優勝オッズにおいて、トライスは堂々の6位だったのである。4年生も対象になるこの投票においてこの順位とはさすがとも言える。ちなみに、エリスは10位だった。
「まあ、お互い気張らずやっていこうよ。」
そういうと、トライスは僕の肩をたたいた。
「そういえば、昨日の合同練習にはエリスはいなかったよね?」
トライスは確かめるように聞いてくる。
「ああ、なにか用事でもあったのかすぐに帰ったよ。というか、よくエリスがいないことがわかったね。」
昨日は話しかける間もなく、エリスはすぐに帰ってしまったのだ。なんだか、最近は授業が終わっるとすぐにいなくなっていることが多い気がするのは気のせいだろうか。あまり深入りするのはよくないと思い、その理由については詳しく聞いていない。
「いやね、昨日エリスが4年の男子生徒と一緒に帰っているのをたまたま見ちゃってね。しかも、かなりイケメンな先輩だったよ。2世には1番に伝えようと思ってね。」
トライスよ、それは言わないでほしい話題だったよ。それが事実だとしても、黙っていてほしかった。
しかし、あのエリスが先輩と2人で帰宅していただと。まあ確かに可愛いしうちのクラスでも人気はあるけど...。まさか、僕の知らないうちに付き合ってたりするのだろうか…。
「だ、大丈夫、2世?」
「大丈夫ではないけど、大丈夫だよ。」
混乱しすぎてよくわからないことを言ってしまった。すべては余計なことを言ったトライスのせいだ。
「仲良さげに帰っていたから、彼氏なのかな~。まあ、エリスちゃん可愛いし剣の腕も立つし性格いいし恋人の1人や2人いてもおかしくないよね。」
いや、2人もいたらおかしいだろと心のなかで突っ込んだ。
しかし、トライスの話が本当だとしたらクラスの合同練習を欠席してまで、その先輩と会いたかったということになる。それはかなりの親密な関係を予想される。
「だけど、そんな色恋沙汰な雰囲気出してなかったぞ。」
普段からよく一緒にいる僕にはそんな雰囲気を感じ取ることはできなかった。まあ、僕が鈍感で気づかなかった線もなくはないが。
「2世よ、青春とはそんなものだよ。急に恋に落ちて、カップル成立なんて別におかしなことじゃないよ。実際、この学院でも毎日のようにカップルが成立していることだし。先を取られたね、2世。」
トライスは微笑みながらに残酷なことを言う。エリスが特定の誰かに好意を寄せる素振りなんてこの学院生活で今まで見たことがなかった。それだけに衝撃的だ。昨日の疲れなどどこかへ行ってしまった。
そして、思ったのだ。もし仮にエリスがイケメンな先輩に一目ぼれして告白し、付き合うことになったのだとしたらもしかして…。
「だけど、そうするともしかしてエリスって意外と面食いな女の子だったのか…。」
「なあ、トライス。お前もそう思わないか?」
トライスに賛同を求める。
「い、いや。俺はそこまで言ってないし、思ってもいないからな。今のは2世が勝手に1人で言ったことだ。」
目線が完全に泳いでいるトライス。なにか様子がおかしいようだ。まるでこの会話が本人に聞かれているような。
もしかして…。
「ねえ、2世。誰が尻軽で面食いな恋愛脳な女だって?」
いや、さすがにそこまでは言ってないよと言いたかったが、そう言える雰囲気ではなかった。
なぜなら、僕が振り返るとそこには満面の笑みを浮かべる剣姫と呼ばれ、恐れられている女子生徒が立っていたからだ。顔は笑顔だがどう見ても、目が笑っていない。