第4話:同郷者
僕の故郷は中央都市アリアスからはるか遠くの地にある。
そこは一面緑の景色が広がっており、とてものどかで時間の経過がゆっくりと感じられる場所だ。
人口もそれほど多くなく、目立った商業施設や観光地とかもない。
一般的に言うところの田舎町というやつだ。
普通、勇者の子供であれば、もっと絢爛豪華なお城のような家が高級地に建てられ暮らしていると想像するかもしれないが現実は違う。
もちろん、建てようと思えばできたはずである。だが、あえてそうしなかったように思う。
僕の父、勇者は家族を戦いの渦中に巻き込まないようにわざと辺境な地を選んだんだと今となっては思う。
少しでも危険から遠ざけようと考えた末のこの地であるから、父の温かさ、温もりが故郷にいるだけで感じられた。
そして、僕のこんな身の上話になんの意味があるのかというと、今まさに対面している女子生徒に深く関係がある。
「久しぶり、ナナ。まあ、大会へ向けては順調かな。」
「なるほどね。つまり、あたしに負ける準備が順調に進んでいるということね。」
「いやいや。どう言葉じりを取れば、そうなるのかな。」
僕は苦笑交じりに答える。
「もう冗談だよ。」
桃色の長い髪を揺らし、ナナはクスリと笑う。
彼女、ナナ・コルトバスは僕と同じ故郷サランカラの出身者である。
そして、僕の知る限りではこの学院唯一の同郷者でもある。
ナナは辺境出身とは思えないほどに、華やかな雰囲気をまとっており男女ともから高い人気を誇っている。
その人気の裏には、端正な顔立ちからだけではなく、確固とした魔術師としての実力があってのものだ。
その実力は4年生を含めたとしても卓越している。
魔術師としての実力はこの学院内でも五本の指には少なくとも入ることに間違いはないだろう。
ちなみに、ナナは両親の仕事の関係で5才のときにサランカラから引っ越している。
それまでは毎日のように2人で遊んでいただけに別れるときは辛かったものだ。
故郷サランカラは自然が豊かだったこともあり、夏には川遊びをしたり、冬には雪で遊んでいたりしていた。
常に一緒にいたため友達というよりも家族というほうが当時の僕たちの関係をよく表していると思う。
勇者の子という敬遠されがちな存在であるにもかかわらず、ナナはそんなことも気にせず遊びに誘ってくれた。
その気さくさ、相手を思いやる気持ちは今でもナナから感じとることができる。
もしかしたら、そんな性格も人気の秘訣なのかもしれない。
「どうしたの?」
ナナは不思議そうに僕の顔を見つめる。
どうやら回想の世界に入り込んでしまっていたようだ。
「いや、ナナと過ごしたサランカラのことを思い出していてね。」
正直に僕は答えた。
「あれね、あの時誓った結婚する約束を思い出していたのね。」
残念ながら、僕にはそんな約束をした記憶はないが・・・。
「ウソだよね?」
「うん、もちろんウソだよ。」
いたずらっ子な顔を浮かべる。
こうやって時間があれば、いつも僕をからかってはその反応を見て楽しんでいる。
「まあ、2世がどうしても私と逢瀬を共にしたいっていうなら話は別だけどね。」
挑発的な目を向けてくる。
「そうだね、ナナ。僕と結婚、いやまずはお付き合いからしてくれないか?」
ナナの挑発に乗ってみることにした。
さすがに冗談でも公衆の面前で結婚しよう、なんて言えるほどの度胸は僕にはなかった。
まあ、付き合おうと言うのも大概な気もするが。
「え、、、。2世、本気なの?そんなの困るかもよ。だって、、、私は、。・・・って、なに笑ってるの。もしかして、私からかわれたの?」
雪のように白く美しいナナの顔がみるみる赤くなっていく。
「いつもナナには困らされているからね。お返しだよ。」
「やったな、2世。」
そう言うと、ナナは僕の黒髪をわしゃわしゃと搔き乱してくる。
昔を思い出すかのように、会えばこうやってじゃれあったりしている。
この学院で思わぬ再会をしてからはこんな調子が続いている。
僕を困らせては喜び、反撃にあえば怒る。
少しいたずらっ子で他人思いなナナは今も変わらずここにいる。昔とは少し関係性が変わったのかもしれないが、意外と今の関係も悪くないと思う。
この繁雑とした学院生活のなかでナナと話す時間は僕にとっては意外と楽しみなときであったりする。
「そういえば、学院内オッズなんだけど、僕と並んでナナがトップだったらしいよ。」
しばしの触れ合い(?)ののち、先ほど仕入れた情報を伝える。
「そうそう、あたしも見たよ。驚いちゃったよ。」
その光景を思い出したのか、興奮気味にナナは続ける。
「ずっと憧れて追い続けてきた背中に少しは近づけたかな…。なんて思っちゃったりもしたわけよ。」
「少なくともナナは僕と肩を並べるところまで来ていると感じている。正直、いつ僕の前を歩かれても不思議でもないし、驚きもしないよ。」
その言葉にナナは照れ臭そうに笑う。
「ほんとに?」
確かめるように聞いてきた。
「本当さ。ウソじゃないよ。ただし、僕自身としては前を行かせるつもりはまったくないけどね。やれるものなら、やってみろくらいの気持ちだね。」
強気な発言とは裏腹に、内心は少しばかりの不安も抱えていた。
おそらく、ナナと僕の実力はほぼ拮抗しているとみていい。ゆえに、今回の剣魔祭はどちらが現時点で上なのかを測るにはちょうどいい機会なのかもしれない。
「言ったね、2世。あとで泣いても知らないからね。私を本気にしたことをせいぜい後悔しなさい。」
腰に手を当て、ビシッと僕を指さす。
それから少しの間、お互いの近況を報告しあっていたが、突然ナナが大きな声を出した。
「あっ、もうこんな時間だ。そろそろ、行かなくちゃ。じゃあね、2世。バイバイ。」
一瞬だけ、悲しそうな表情を見せるが、すぐに明るい顔に戻る。
そして、ナナは手を振りながら修練場の奥へと消えていった。
先ほどまでのナナとの時間の余韻に浸っていると、制服の袖が引っ張られた感じがしたので、そちらのほうを向く。
すると、そこには完全に蚊帳の外にされていたエイスが僕の制服の袖を掴んでいた。
「ねえ、もしかして私の存在忘れてた?」
拗ねた顔をエリスは僕に向けてくる。
「そ、そんなわけないないよ。」
ごめん、エリス。
ナナとの会話に夢中で完全に存在を忘れていたよ。なんて言えるわけもない。
その後、拗ねたエリスのご機嫌を取るのに苦労したことはいうまでもない。