第3話:修練
キーンと鋭い音が修練場に響き渡る。
半年後に迫った大会に向け多くの学生がこの修練場でお互いに研鑽を重ねておりいつも以上の熱気であふれている。
そんな中、特に注目を集めている二人がその中心部で戦っていた。
「エリス、まだついてこれるかい?」
剣速を緩めることなく僕は問いかける。
軽く汗が滲んでる程度の僕に比べ、彼女は全身から汗が噴き出ている。
尋ねておいてあれだが、限界が近いのは素人目にもわかる。
だが、エリスは強気だった。
「ま、まだ大丈夫。」
汗で濡れた髪をかきあげながら鋭い眼光を向けてくる。
普段の様子しか知らない人が今の彼女を見たら驚くだろう。
いつもはふわふわしており可愛らしさ全開の彼女であるが、ひとたび剣を握ると人が変わったように恐ろしくなる。
裏では、剣を振るう彼女のことを姫鬼と呼ぶ輩もいるようだ。
万が一本人に知られたらと思うとヒヤヒヤする。
「いや、もうお終いにしよう。」
エリスは息を整え渾身の鋭い突きを僕の右肩口めがけて放つ。
その速さ、正確性どちらをとってもこの学院のトップクラスである。
並の学生では避けることはおろか、避けようと思う間すら与えず貫かれてしまうだろう。
並の学生ならの話である。
彼女が今相対しているのは彼の勇者の子供なのである。
殊、剣術においては後れを取るわけにはいかない。
必殺だと思われたその一撃を僕は1歩後ろにステップして軽やかに躱す。
まるで、その攻撃を予知していたかのように。
そして、行き場を失ったその剣先の下を潜るように体勢を低くし、足を踏み込み彼女の懐に素早く、そして深く忍び込む。
もっとこの戦いを楽しみたいという衝動を抑えつつ反撃される前に、彼女の白く美しい首元に軽く刃をあてる。
この瞬間、今日の勝負はついた。
「はぁ~、ちょっとは手加減してよ。」
先ほどまでの殺気はどこかへ消え去り、少し拗ねたような顔を浮かべながらエリスは剣を鞘に納める。
「手加減なんてしたら、ほんとに僕殺られちゃうよ。」
苦笑交じりに答え、僕も剣を納める。
「はい、タオル。早く汗拭かないと風引いちゃうよ。」
修練場に備えてあるタオルを彼女に投げる。
「ありがとね。ところで、剣魔祭の優勝オッズどうなってるか知りたくない?」
大粒の汗を拭きながら、いたずらっぽく聞いてきた。
剣魔祭。
それは年に1回開催される剣術と魔術を対外的に披露する場である。
出場資格は3年生以上であり剣術クラスと魔術クラスそれぞれから50名が選出され計100名がトーナメント形式で争うことになる。
この大会は表向きには、学院で培ったものを披露し剣術と魔術の素晴らしさを世界にアピールすることにある。
だがしかしその実は、剣術と魔術どちらが優れているのかを争う場となってしまっている。
または、自分の将来性のアピールする場と捉えている者もおり、様々な思惑が絡み合った大会となっている。
そして、そんな大会を制する者は、この学院の最強の座を手に入れ、それはイコールで学生界の頂点を意味することになる。
その最強にもっとも近いと思われているのは誰なのか大会に出るからにはぜひとも知っておきたい。
ちなみに、優勝オッズとは、毎年新聞部が開催している投票である。
いちお結果は校内に張り出されてはいるが修練に夢中でエリスが言い出すまで忘れていた。
「そりゃ、もちろん知りたいさ。それで誰なの?」
気軽な気持ちで聞いてみた。
「そ・れ・は・ね、君だよ、2世。」
彼女はまっすぐ僕を指さした。気軽に聞くんじゃなかったと軽く後悔する。
「よかったね。もちろん私も1票投票したからね。」
エリスは自分のことかのように喜んでくれている。
太陽のように眩しくだが優しいその笑顔は、修練で疲れた僕の体と心を自然と癒してくれる。
「けどね、他にも同率でトップの子がいてね…。」
「まあ予想はつくよ。」
そう、あの子は強い。
なんなら個人的には、あの子が優勝オッズトップだと思っていたほどに。
そして、そろそろ、僕と同率トップであるあの子が来るはずなんだがな。
そんなことを考えていると、修練場の入り口からただならぬオーラを放つ煌びやかな女子生徒が入ってきた。
その場にいたすべての人の視線を奪うが如くのとてつもない存在感を醸し出している。
少しの間、修練場をキョロキョロと見渡し、目当ての人を見つけたのか、僕たちがいる方向へ一直線で歩いてくる。
そして、僕たちの目の前で立ち止まり、その可憐な笑みを浮かべながらこう言うのであった。
「久しぶり2世。調子はどう?」