第1話:僕の本当の名前を取り戻すまでの冒険談
僕には、名前がない。
確かに両親から授かった名前自体はあるが、その名前を他人から呼ばれたことはほとんどない。
最初のうちこそ、違和感を覚えていたがそのうちに慣れてしまった。
そして僕自身その名前が気に入っていた。
それは勇者の子という誇りが心のうちにあったからだ。
その地位、権力に惹かれたというよりも、その意志、勇者の意志を引き継げたことに強い自負を感じていたからだ。
しかし、勇者の子ども、そこには確実に光とそして影が存在していた。
太陽の光が強ければ強いほどに、その影も地面を濃く覆う。
僕は小さいころから多くの恩恵を他人から受けてきたが、それはこれから背負うことになる使命への布石だったのかもしれない。だが、その使命が勇者の子供の運命だというなら僕は受け入れるだろう。ただ、来るべきときが来ただけなのだから。
この世界の運命を背負うことになる僕は、今までも、そしてこれからも多くの人と出会い、そして別れを経験するだろう。
そのときに、出会い、別れる彼らの心に世界を救う希望の光を灯すために、そしてこの名前を捨て去れる日が訪れることを願いこう答えている。
「僕の名前は、勇者2世だ。この世界を救うために奔る男の名前だ。」
「結局、残ったのはお前1人だけだな、勇者2世よ。」
伽藍堂のような広々としたこの空間におぞましいその声がいやなほどに響き渡る。
半年前にはこんな場面が自分に訪れるなんて想像すらしていなかった。
父親である勇者の置き土産である魔王幹部の討伐というその宿命を背負うことになるあの日までは。
だが、後悔などしてはいない。いや、してはいけないのだろう。散っていったあの仲間たちのためにも。
「そして、いまお前も死ぬことになるわ。あいつらのようにな。」
そう言い、指さす先には、変わり果てた仲間たちの姿が床一面に鮮血を散らしながら転がっていた。
ここに転がっている骸はすべてここまで共にきた仲間たちだ。
だが、現実は残酷だ。
魔王幹部を倒そうと決意した仲間たちはもう誰もこの世にはいない。いるのは僕だけだ。
この世界は蘇生がきくような生半可な世界じゃないことを思い知らされる。
そして今、僕が対しているのは、魔王最大幹部にして北の大地を統べる北帝オルキウス。
獣人族にして唯一魔王正規軍幹部になった男だ。
その実力は折り紙付きであり、それは仲間たちの死からも容易に想像ができる。
3メートルを軽く超すその巨体は、大剣を肩に担ぎ、僕を見下ろしている。
まるで取るに足らない虫を踏みつぶさんばかりの目を向けてくる。
それでも、臆することは不思議となかった。
いまあるのは北帝オルキウスを倒し、この北の大地に平和を取り戻すことだけだ。
「彼らの犠牲のおかげで今、僕はこうしてお前と対峙できている。死ぬのはお前のほうだ、北帝オルキウス。今までの大逆を悔いながら地獄へ堕ちろ。まあ、悔いるほどの時間をお前に与えるつもりはないがな。」
こうして無傷の状態で魔王幹部と対峙できているのは仲間たちのおかげである。
皆が命を賭して紡いでくれたこの瞬間を僕は無駄にはしないだろう。
そして皆の犠牲はいまここで報われることになる。
「炎術、陽炎」
唱えると同時に僕を取り巻く空気が心のなかにある怒りの感情に呼応するようかのように少しずつ、だか確実に温められいく。すべての準備は整った。
あとは、熱く焦がれたこの一撃をあいつに叩き込むだけだ。
決着は一瞬でつける。
その意を感じたのか、北帝オルキウスも大剣を低く構え直し魔力を溜める。
一呼吸の末に、二つの光と影が動き出す。
勝者は一人、血の海で歓喜の歌を歌うことになるだろう。
それは、まるで彼らの魂を鎮める鎮魂歌のごとく。
のちに、魔王幹部を討伐すべく世界中を奔った彼の功績は物語となり後世へと語り継がれていくことになる。
彼の勇者2世は勇者が討ち残した魔王幹部たちを倒し世界に安寧と秩序をもたらしたとその物語は綴られている。
確かに、一面の事実は捉えている。
だが、彼の勇者2世自身にとっては違う。
彼の勇者にとっては、この戦いとは偽りの名である勇者2世という名を捨て去り、自らの失われた名前を取り戻すまでの物語である。