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やとわれ妻は暇を持て余す

 職業嫁というのは何をしたらいいのだろう、と一階の日当たりのよい部屋の長椅子に座ってティアナは考えている。


「あー、暇」


 隣ではオルタがだらりとお行儀悪く座っている。

 真実暇なのである。三食昼寝付きのお仕事がこんなにも暇だとはティアナは思ってもみなかった。この数日時間が経つのがとにかく遅い。


「庭でボール遊びでもする?」

「そうだねえ」


 姉の提案にオルタが気のない返事を返した。

 クリスの嫁になって早五日。とにかく毎日が退屈なのだ。


 クリスは王宮で仕事を持っていて、朝早くに出かけて行って夜に帰宅をする毎日だ。昼間は好きにして過ごしていろ、と言われているが何をしたらいいのかさっぱり分からない。これまでティアナとオルタは夜明けとともに起きて寝るまで働いていた。でないと食べていけなかったからだ。くたびれた小さな町では女子供が暮らしていくには厳しい環境だった。だからフクロウ亭での仕事の他にも野菜売りの手伝いをしたり、近隣の農家の収穫を手伝ったりいろんな仕事を引き受けた。体を動かす仕事ばかりしてきたティアナにとって、家の中にいるだけの仕事は初めてだった。


ティアナは結婚をして妻になるのだから、町の女将さんのように過ごすのだと考えていた。家の掃除に炊事、買い物、そして内職など。主婦になった女にはすることが山のようにある。男が手に職を持っていたら、それを手伝うことだってある。魔法使いの嫁になっても、要は今まで周りにいた主婦たちと同じことをするのだと、ティアナは考えたのだが、それは間違いだった。


 まず、クリスは召使を雇う立場の人間で、その妻のティアナもまた召使を使う側の人間だった。そのことを痛感させられたのは、暇すぎて厨房に行き料理の手伝いをすると申し出た時に、料理番のマクレーン夫人に言われた言葉。「いやあ。旦那様の奥様を働かせちまったらわたしがクビになっちゃうよ」と彼女は大きな体を揺らしながら豪快に笑った。そんなことない、と言っても駄目だった。


この屋敷ではティアナはクリスの妻で、女主人ということだ。女主人の妹のオルタもまたお嬢様ということになるらしい。二人とも働かせてもらえずに、「使用人の領分にしゃしゃり出てこないでください」と身の回りの世話をしてくれる女の召使にも冷たくあしらわれる始末。人気のない屋敷だから、手伝えることがあればと思ったのだが、彼らはティアナたちに自分たちの領域内に入ってくるなと暗に示してきた。


 結局二人は屋敷の女主人とお嬢様として部屋でぼうっとするしか、やることがない。

 ティアナとオルタはボールを持って庭に出た。広い庭だが、あまり植物は植わっていない。端の方に温室があるくらいだ。


「やっぱりクリスに言おう。暇すぎるって」

「そうだね」


 ボールを何往復か投げたところでティアナは決意のこもった声を出した。オルタも力強く同意をした。

 長い日中の時間が終わり、日が暮れて夜になってもクリスは帰ってこなかった。従僕を捕まえて問いただすとクリスはよく職場で夜を明かすこともあるらしい。職業熱心とのことだがマクレーン夫人に言わせると、めんどくさがりなだけとのこと。食事も家であまりとることもなく、野菜のしぼり汁を愛飲しているとのこと。固形物より短時間で胃に入れられるところが素晴らしいのだという。人には沢山食え、というくせに理不尽だ。


「じゃあ今日は帰ってこないのかな」

「さあね。せっかくご飯を作っても主があまり食べてくれないんじゃあねえ」

 厨房近くの使用人用の食堂でマクレーン夫人は肩をすくめた。

「だからおまえさんがいっぱい食べておくれ」

「わたしたちもこっちで一緒に食べてもいい?」

「あんたさんはこの屋敷の奥様だろう。オルタお嬢様と一緒に表の食堂でお食べなさいな」


 表の食堂とは主たち専用の食堂のことだ。晩餐用の部屋は豪華で落ち着かないし、広い部屋で二人きりというのも寂しい。クリスの弟子のロイもマクレーン夫人たちと一緒の食堂で食事をとっている。


「でも……」

「さあさ、奥様とお嬢様は滅多なことじゃあこっち側に来ないもんだよ」


 結局追い出された二人は今日もやたらと煌びやかな食堂という名の異空間で夕食を共にした。毎日肉を出されても正直困るのだが。嬉しいけれどそれ以上にお腹がびっくりしているのだ。最近胃の調子が芳しくない。それなのにマクレーン夫人はたくさん食べろと脅かしてくる。たしかに横幅のあるマクレーン夫人ならたくさん食べることが出来そうだが、貧乏暮らしに慣れているティアナは突然に肉をたくさん食えと言われても胃が受け付けないのである。


「三食昼寝付きとは言われてもね……」


 豪華な暮らしに憧れもあったけれど、いざ始めてみると退屈だった。屋敷にいてご飯を食べるだけというのも気が引ける。今日の料理は子羊をオーブンで焼いたものと芋をつぶしたものがメインだ。せっかくマクレーン夫人が作ってくれたのだからと頑張って食べたティアナは食後に胃をさすった。やっぱり重たくて胃にずっしりとくる。


「んん~、肉美味しかったぁ」


 オルタはご満悦である。子供は順応するのが速い。胃もたれとは無縁そうで何よりだ。彼女に美味しいものを食べさせてあげられるのがこの仕事のよいところだ。自分と一緒にいてもいつも我慢ばかりさせていて心苦しい思いをしていたティアナは素直にご飯の感想を言うオルタを微笑ましく思った。


「んー、でもこのままだとぶくぶく太っちゃいそう」

 とはいえ、女の子の思考回路は忙しい。

「オルタは痩せているんだからもっとふっくらしないと」

「それを言うならお姉ちゃんだって。もうちょっと、出るとこ出た方が」

「オルタ!」

「わー、ごめんなさぁぁい」


 腕を振り上げるふりをするとオルタがきゃっきゃと笑いながら逃げ始めた。まったく、人が気にしていることを。けれどもこうして軽口をたたき合って明日のご飯の心配をすることもなく寝台でゆっくり眠れることがありがたい。


 結局この日クリスは帰ってこなくて、翌日の夕方帰宅をしたクリスにティアナは文句を言った。やることがなくてつまらない。召使の仕事を手伝わせてももらえない。さすがに三食食べて眠るだけの生活だと心苦しい。もっと妻らしい仕事は無いのか、などなど。仕事帰りのクリスはティアナの言い分に耳を傾けた。聞き終わると、分かったとだけ言った。


 本当にわかったのかどうか。

 ティアナは首をかしげたのだった。


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