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誘拐されたティアナ

 がたがた、と揺れている。

 あれ、どうして体が振動しているんだろうとティアナはぼんやりと考えた。それに、いつの間にか横になっている。身じろぎをしたティアナは驚いた。体の自由が利かない。手足を動かすことができないのだ。


「え……」

 頭の中が急に覚醒する。

「起きたか、ティアナ」

 知った声が聞こえてきた。正面に座っている人物の声だ。よく、知っている。この声はゲイルだ。ティアナは視線を動かした。その先にはにやりと笑ったゲイルの顔があった。


「な、なに……よ。これ」


 驚きすぎて頭の中が真っ白になった。エニスの菓子店でケーキを食べていたのに、どうして馬車に揺られているのだ。そして目の前にはゲイルの姿がある。そう、馬車の振動だ、これは。がたがたと車輪が地面を回る音が聞こえてくる。


「オルタは⁉」


 ティアナは不自由な体で必死に首を動かした。どうやら馬車の座席に横たえられているようで、足と手を縛られている。冗談にしてはきついものがある。そして、妹の姿が無い。「あいつは別の場所にいる。おまえへの人質だ」


「なんですって」


 ティアナは叫んだ。起き上がろうとするも、手足の自由が利かなくて中途半端にしか動けない。ゲイルは必死な様子のティアナをにやにやと嫌な笑みを浮かべて眺めていた。


「ふうん。存外に悪くない光景だな」

「悪趣味な男ね」

 ティアナはゲイルを思い切り睨みつける。この男の意図が掴めない。一体、ティアナをどうしようというのだろうか。


「さて、親切な人が協力をしてくれた。これから俺たちはクロフトへ帰るんだ」

「なっ……だって」

 クロフトにはもう戻れない。だって、コリーがティアナたちを売ろうとしたのだ。女将さんは身を張ってティアナたちを逃がしてくれた。

「フクロウ亭のことなら気にするな。帰ったら俺の家で雇ってやる」


「あんた……」

「コリーがおまえたちを売ろうとしたことはとっくに知られているぜ。酒代欲しさにみなしご二人行商人に売ろうなんざ。ヤキが回ったな、あの親父も」

「女将さんは……元気なの?」

「ああ? ピンピンしているよ。町の女はタフだな。親父のほうがこき使われているぜ」


 ティアナはホッとした。勝手にティアナを逃がして、女将さんがコリーに酷い目に遭わされていやしないか心配していたのだ。


「とにかく、だ。おまえのことは俺が養ってやるから、感謝しろよ。おまえだって、母親の側で暮らしたいだろ」


 ゲイルは幼馴染みだけあってティアナの泣き所をよく知っている。ティアナが住み込みで働きに出なかったのは母の墓があの町にあるからだ。生まれてからずっと母一人、子一人で暮らしてきた。今回だって、切羽詰まった事情のためクロフトから去ったが、ずっと胸の中では母のことが引っかかっていた。あの町に戻れないということは、もう母の墓参りもできないということ。きっと母セラフィーナは寂しがっているに違いないと胸にしこりが残っていた。


「だから、これからは俺がおまえのことを囲ってやるよ。貴族の男に取り入るくらいなら、俺の方がまだ現実的だ。俺の家の下女にしてやる。準備が整ったら、俺の妻にしてやらなくもないしな」


 いきなり、顔を近づけてきたゲイルの言い分にティアナの頭の中が真っ白になる。

 この男は、一体何を言っているのか。


「わ、わたしは、クリスの妻よ! あんたの妻になんかなるはずもないでしょっ」


 ゲイルはせせら笑った。こちらを卑下た笑みに、ティアナの腹の中に怒りが渦巻いていく。彼はやおら腕を伸ばし、ティアナの銀色の髪に触れた。ぞわり、と背筋に悪寒が走った。なぜだか、こいつに触れられたくないと思った。思えば昔から腹の立つ男だった。


「親切な人が教えてくれたぜ。おまえ、金目当てにあの男に取り入って愛人契約のようなことをしているんだって? その顔で騙して結婚契約書を提出したそうじゃないか」

 清純そうな顔をして、よくやるぜ、とゲイルは目を細めた。

「そんなことするはずないでしょっ! わたしとクリスはお互いに同意の元結婚したのよ」

「騙されているのはおまえの方かと思ったが、おまえも案外に性悪だったんだな」


 ティアナはゲイルを睨みつけた。

 確かにクリスとティアナは普通の夫婦ではない。けれども互いに同意の上で結婚をしたし、なんだかんだと息が合ってきたと思っている。それなのにまったく関係のない目の前の男に、分かった風な口を利いてほしくはない。


「誰とでも寝れるなら、俺とでもいいってことだよな」

「はぁぁ⁉」

「俺の愛人にしてやる」

「意味が分からない」

「あいつに代わって俺が囲ってやるって言ってるんだよ」


 ティアナはゲイルの長年の鬱屈した片思いにまったく気が付いていなかったので、まさに寝耳に水だった。どうして、そういう思考回路になるのだろうと理解に苦しんだが一つだけ分かったことはある。ゲイルはティアナならそういう風に扱ってもいいと分類分けをしたのだ。


「いっとくけど、あんたの愛人になんてならないから。わたしはまだ、クリスの妻よ」

「そんな口聞けると思ってるのか? 離婚証明書に署名をしなきゃ、オルタがどうなってもしらないぜ。あいつと今後も一緒に暮らせるかどうかはおまえの行動次第だ」


「オルタをどこにやったのよ。あの子は関係ないでしょ!」

「関係あるね。今のおまえの唯一の泣き所だろう?」

「あの子に何かしたらタダじゃ置かないんだから!」

「それはこれからのおまえ次第だ。俺に対して従順に振舞うというのなら、オルタも一緒に俺の家で雇ってやるし、それなりの生活させてやるよ」

 ティアナはぎりりと奥歯を噛みしめた。


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