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わたしの旦那様を紹介します

 次の日は休息日だった。

 珍しいことにクリスの方から散歩に誘ってきてティアナはちょっとだけ驚いた。いつも研究ばかりしているというのに。


「少しは新婚らしいところを見せた方がいいだろう。きっとまだカーティスはそのへんをうろちょろしている」

 兄は弟の行動などお見通しのようである。ティアナには捕捉できていないのだが、あれしきのことでカーティスは諦めないのだという。


「愛されているのね。昔からああなの?」

「小さいころから兄上はすごいと言われていたが……。私は魔法以外取り柄が無い。あいつは二つ星だが社交性は私よりも備わっているし、実務も得意だ。私はカーティスのお陰で自由にやれているところはあるな」

「へえ、あの人、意外と優秀?」

「ああ。スウィングラー家の領地経営については、彼が父の補佐をしている」


 ティアナは微笑んだ。カーティスのことをいつも邪険に扱っているクリスが、彼のことを褒めているからだ。なんだかんだと彼は弟のことを能力を認めている。そういうところが好ましいと思った。


「いいお兄ちゃんじゃない」

「きみも、オルタのいい姉だろう?」


 二人は通りを歩きながらおしゃべりを続ける。公園を歩くよりも街歩きをしたいと言ったのはティアナの方。最近よく歩く通り沿いをゆっくりと進んでいく。


「どうだろう……。あなた、わたしとオルタが本当の姉妹じゃないって聞いたんでしょう、トレイシーから」


 オルタはそれを理由に自分をお嬢様として扱わないでとトレイシーに直談判をしたと言っていた。結果はあえなく惨敗だったけれど。トレイシーに知られたということは雇い主としてクリスに話が伝わっているはずである。


「きみたち二人に血のつながりが無いことは聞いている」

「そう……。わたしね、寂しかったのよ。お母さんが死んで、初めての冬が来て。一人きりで寒くて暗い冬を越すのが怖かった。だから、冬の日にオルタが置き去りにされて……つい、わたしが引き取るって言っちゃったの」


 あの時はとても怖かった。庇護者がいなくなったのだ。当時ティアナはまだ十三歳で、一人で生きていくには小さすぎた。クロフトは小さな町である。唯一ある教会では親がいない子供が養われていたけれど、十三ともなれば身の振りかたをそれぞれ選んで巣立って行った。実際ティアナにもいくつかの話が来ていた。遠方のお金持ちのお屋敷で洗濯係の仕事はどうだ、とか別のお屋敷で下女を探しているとか、いろいろと。けれどもティアナはどれにも首を縦に振らなかった。母の眠るクロフトから離れるのが嫌だった。


「わたしに拾われたから、オルタも苦労したと思うし。それに……結局クロフトを出ることになった。もしも、もしもあの子の両親の気が変わって迎えに来ても……、もう会えないのよ」


 ティアナは自分の心の奥に溜まっていた罪悪感を吐き出した。

 クリスは黙ってティアナの話に耳を傾けている。


「弱音はそれだけか?」

 一通り吐き出したら、ぼそりとそれだけが落ちてきた。

「え、ええ。まあ」

「行き場の無かったオルタを救ったのは当時のティアナだ。彼女のきみに対する懐き具合を見ていれば、どれだけきみのことを好きかなんてわかるものだろう」


「そ、それは……」

「それに、一度は置き去りにした娘をいまさら両親が迎えに来るなんてことのほうがまずありえない」

「そ、そんなこと。わからないじゃない」

「万が一にもそんなことがあって、きみは素直にオルタを両親の元に返すのか?」

「う……」


 一度捨てておいて何をいまさら、と追い出しそうな未来しか見えない。けれども、オルタはどうだろう。きっと両親のことが恋しいに決まっている。


「もしかしたら、なんて考えるな。それよりも、オルタはきみのことを慕っている。いまだに私に敵愾心満載な視線を寄越すくらいにはきみのことが大好きだ」

「そ、それは……ごめんなさい。よく言っておくわ」

「いや、いい。あのくらい警戒心があった方がむしろありがたい」


 それはどういう意味だろう。ぽかんとして見上げると、クリスは苦笑して「きみがそういう風だから」だと言われた。まったくもって不可解だ。


「私はきみたちが今までどれだけ大変な思いをして暮らしてきたのか、想像をすることしかできない。下手に慰めの言葉を言われても、きみは逆に反発をするだけだろう」


 ティアナはぎこちなく頷いた。よく頑張ったね、なんて言われても響かない。自分たちが体験した飢えと寒さはきっとクリスには想像もつかないに違いないから。辛かったと言うことは簡単だけれど、同情されたくはない。


「けれど、いまの私はきみたち姉妹の庇護者だ。きみたちを守りたいと思っている」

「あなた、いい雇用主ね」

「……どういたしまして」

 ティアナは笑った。ほんの少しだけ、心が軽くなった。


「なんだか、夫婦みたいね。こういう話をして、互いにゆっくりと近づいていくの。わたし、結婚はしないって決めていたけれど、それでも夢くらいみたこともあるのよ」


 ティアナはやわらかく微笑んだ。


 クロフトの町でティアナはある意味異端だった。母はよそ者で、お腹に子を抱えてクロフトに流れてきた。小さな教会に身を寄せてそこでティアナを生んで、少し大きくなると親子でフクロウ亭に移り、住み込みで働いた。父のことは何も知らない。町の大人たちは好き勝手に噂をした。言えないような相手の子供に違いない。あんな銀髪、このあたりじゃ見たことも無い。所縁も知れない娘との結婚など誰も望まないに決まっている。現にティアナは年頃になってもそういう話の一つも上がらなかった。

 ふいに、クリスがティアナの手を掴んだ。


「ん?」

「い、いや」

 クリスはどこか妙な顔をしている。自分でも不可解というように、小さく首をかしげた。ティアナは変なの、と肩を揺らした。


「お、おまえら!」


 二人の間に割って入るかのような大きな声が耳に届いて、ティアナは顔を歪めた。正面には見覚えのある男、ゲイルが仁王立ちしている。


「どうしたの、ゲイル」

 ティアナは目をぱちくりとさせた。彼は怖い顔をしてティアナとクリスを凝視している。

「知り合いか?」

「クロフトでの顔なじみ」

 クリスの問いにティアナは簡潔に答えた。


「クロフトか……そんなところの人間がどうしてこんなところに」

「さあ」

 ティアナは首をかしげるばかりだ。そもそも、ゲイルとティアナは親しい間柄ではなのだ。


「町長の息子だから、暇なんじゃない?」

「物見遊山か」


 二人で適当なことを言い合っていると、ゲイルが「おまえ! ティアナから手を放せ」と叫んだ。そういえばまだクリスに手を掴まれているな、と思ったが別に大したことではないので構わない。


「彼女は私の妻だ。手くらい繋ぐだろう」


 ティアナが何か言う前にクリスの方が口を開いた。とっても夫婦らしい言葉でティアナはクリスがやる気をだしたことに内心喜んだ。なんだかとっても夫婦っぽい。それに、と考えてみる。これはゲイルをぎゃふんと言わせるまたとない機会ではないか。

 ティアナはクリスから手をほどき、腕を絡めた。


「ゲイル、紹介するわ。わたしの愛する旦那様、クリスよ。とっても素敵な人でしょう」

 ティアナはとびきりの笑顔を作ってクリスのことを紹介した。すらすらと紹介文句が出てくるあたりプロの嫁っぽくて内心誇らしかった。

「なっ……え……」

 ゲイルは仲睦まじく寄り添う二人を前に、顔を白くさせたまま今わの際のカエルのような声を出す。

「クリストフ・スウィングラーだ。妻が世話になったな」


(おおお。なんか、もう。わたしたちの息ぴったりじゃない?)


「世話してねえし!」

 もろもろの衝撃から立ち上がったゲイルが叫んだ。確かに彼の世話になったことはない。

「ていうか、おまえ、こんなやつのどこがいいんだよ!」

「そんなの、あんたに関係ないでしょ」


 ティアナは冷たく言い放つ。するとゲイルの顔が引くついた。ティアナの冷めた視線に多少まごついたが、それでも気力と根性をかき集めて再び喚く。


「いや、あるだろ。俺はおまえの幼なじみだろ。おまえみたいななんの後ろ盾も無いみなしごが質の悪い魔法使いに騙されていたら、可哀そうだからな。そう、これは俺の親切心なんだよ」


 ティアナはゲイルの物言いにかちんときた。昔から、彼はほんとうに人の神経を逆なでることしかいわない。


「あ、そう。それはご丁寧にどうも。クリスはいい人よ。少なくとも、あなたよりもいい人だし、わたしとオルタによくしてくれる」


 ティアナは言いたいことだけ言ってクリスをせっついた。いつまでも往来で言い合いをしていても不毛なだけだ。友人ならともかく、ゲイルは単に今まで見下していたティアナが上等な衣服に身を包んで、クリスのような立派な人の隣を歩いているのが気に食わないだけなのだ。


 彼を無視して歩き出すと、しばらくしてクリスが話しかけてきた。


「いいのか、まだ何か言いたそうだったが」

「別に。わたしとゲイルは腐れ縁ていうか、いつも一方的にこっちに絡んでくるだけの間柄だったし。わたしのこと嫌いなら無視すればいいのに、いちいち突っかかってくるのよね。ほんとう、性格が悪いわ」


 ティアナはクリスの腕を掴んだまま歩く。頭の中に蘇るのは小さなころからのあれやこれ。今でも沸々と腸が煮えくり返る。町長の息子であることを笠に着て、腹立たしいことこのうえない。


「いや、私が思うに……」

 クリスはこっそりと背後をうかがった。

「なによ」

「……いや」

 クリスが言葉を濁したのでティアナはそれ以上何も聞かなった。


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