『冴えカノ』第2話の会話がスゴすぎるので書き起こしてその理由を解説する
ラブコメ好きの皆さん、『冴えカノ』は好きですか? 筆者は大好きです。
正式名称は『冴えない彼女の育てかた 』。メインヒロイン加藤恵のキャラ造形の新しさ、クリエイターを目指す主人公・安芸倫也の人間的成長、なかなかヒロインたちの顔が見えないOP……等々、素晴らしい箇所はたくさんあるんですが、筆者は1期第2話(温泉サービス回を省いて)のファミレスシーンの会話を推したい。倫也と恵が初めてしっかり会話するシーンなんですが、セリフ、会話のテクニックがめちゃくちゃ詰まっています。
ということで書き起こしながら解説します。劇場版映画が公開され、完結ということでタイミング的にはアレなんですが、まあ名作に賞味期限ってないからいいよね。
あ、書き手だけじゃなく、読み専の方にも楽しんでもらえると思いますよ! 念のため!
(=この部分が引用箇所です=)
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倫也「なあ加藤」
恵「んー? なに?」
倫也「今まで気づかなかったけど、加藤って結構かわいいな」
恵「ありがとう。でも安芸くんが気づかなかったのって、私がかわいいとかじゃなくて私の存在そのものだよね」
倫也「まあな……」
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松岡禎丞さんの爽やかボイスのおかげか、嫌味なく聞けてしまうんですが、文字に起こすと倫也が、初っ端から結構失礼なこと言ってることに気づきます。ですが、そもそも「適度な失礼さ」というのは、キャラを魅力的に描くテクニックだったりします。
というワケで具体例を交えて深掘り解説。
たとえば、昨年M-1グランプリ覇者となった漫才コンビ・ミルクボーイはボケ(伝聞とも)の駒場さんのオカンが名前を忘れたものを、ツッコミの内海さんと一緒に考える「行ったり来たり漫才」で知られていますが、内海さんってちょいちょい失礼なこと言ってるんですよね。コーンフレークを晩飯に出されたらちゃぶ台ひっくり返すとか、最中で子供はごねへんとか、そういうの。Youtubeチャンネルにあがってる漫才ではもっと毒のある、それこそ偏見と言っても良さそうなボケがあるんですが、「あるある」に挟まれることで程よく毒が薄まり、万人が面白く観られる仕上がりになっています。
例が長くなりましたが、『冴えカノ』はこういう嫌味を感じさせない適度な失礼さを交えながら、キャラを初回から魅力的に描いています。
そして、場面は、倫也がギャルゲー制作を開始する決意をした、第1話の坂道シーンを回想するシーンに。
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倫也「あのときはすっごい偶然だったよなって」
恵「安芸くんのほうもちゃんと私のことを気付いてくれてたら偶然だったかもね」
倫也「いやいや加藤の記憶力がスゴいんだって! 俺みたいな目立たないオタクのことを覚えてたんだから」
恵「オタクってのは認めるけど、目立たないって言われても困るよ」
倫也「なんで? だって俺なんか、どこにでもいるなんの変哲もない……」
恵「だって安芸くん、うちの学校の3大有名人のひとりに数えられてるし」
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ここで恵がふたたび、倫也が自分のことを覚えてくれてなかったことをチクリと責めます。表面的にはローテンションだけど、意外と(?)根に持つ面もある恵のキャラが表現されているとともに、自然な流れで倫也のキャラ紹介に展開しています。ここ、これがテクニックです。
話題を転換するとき、「ところで」とか「それはさておき」とか使いたくなる作者は多いと思うんですが、多用しすぎると不自然さが出てしまいます。そのためには「全然違う話題を、違和感なくつなげていくテクニック」が大事なんですが、丸戸先生はそれが本当に上手です。
下手な小説だと、地の文で説明してしまったり、他のキャラに語らせるとしても不自然になってしまいがちなんですが、超自然ですよね。
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倫也「なにそれ?」
恵「図書室にラノベ入れたり、学園祭でアニメ上映会やったり、安芸倫也って名前を知らない人はうちの学校にはいないよ」
倫也「なんてことだ……これほどまでオタク人口が増えた今になっても、世間は俺たちに対して悪い意味で注目していると言うのか」
恵「あー、べつにオタク全般の話をしてるんじゃないんだけど……」
倫也「全っ然知らなかった。そんなに有名人だったのか、俺っ」
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恵を通して倫也の「コミュ力の高いオタク」というキャラを表現しつつ、直後に倫也が勘違いをすることで、ユーモラスに描かれてますが、ここもセリフのテクニックです。
筆者は「勘違い」と呼んでいるんですが(そのまま)、例を出すと、例えば漫才コンビ・和牛の「手料理」という漫才の一幕。ツッコミの川西さんが彼女役を演じ、彼氏役の水田さん(元料理人)がその手料理にケチをつけていくという内容なんですが、終盤で川西さん演じる彼女が作ったハンバーグを食べず、自分で作り直す場面があります。
そこで川西さんは「なんでそんなことできんの?」と強い口調で聞くんですが、華麗な手付きでハンバーグをペチペチしていることを言われてると勘違いした水田さんが「昔、料理人やってたから」と返答、川西さんが「それやない!」とツッコむというやり取りです。
漫才とアニメ、また会話の内容は前フリの仕方は全然違うんですが、勘違いでひと笑い生んでるのは共通してますね。
こうやって笑いを挟みつつ、「別キャラによって主人公を褒めることで生じる、一種の気持ち悪さ」のようなものを絶妙に回避しているんですね。WEB小説では、主人公を複数キャラによって褒めまくる演出が見られますが、『冴えカノ』はそこにひと手間、ひとテクニック加えています。
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恵「逆に私って地味なんだよね」
倫也「地味……だと?」
恵「とくに成績がいいワケでもないし、部活にも入ってないし、クラス委員とかもやったことないし、友達もそんなにいるワケじゃないし、だからって今以上にたくさん作ろうって気もないし、だからまあ安芸くんに覚えてもらえないのも仕方ない……」
倫也「違うっ! 加藤、お前は地味なんかじゃない!」
恵「ちょっと、急にどうしたの?」
倫也「自分のこと地味だなんて言うな! そんなふうに間違ったイメージで自分を決めつけるのはやめろ! 加藤、俺が保証してやる! お前は地味なんかじゃない」
恵「安芸くん……」
倫也「お前はキャラが死んでるんだよ! ただ単にキャラが立ってないだけなんだよ! 中途半端なんだよ! だから目立たないんだよ!」
恵「……あの……ちょっといいかな?」
倫也「なんだ?」
恵「それ、地味って言うよりも酷くない?」
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ここでも倫也の程々な(もはや普通に失礼?)失礼さが面白さにつながっています。
あと、恵が自分について説明したのに対し、倫也がなんのリアクションもしてないのもポイントでしょう。会話を書くのが不慣れな作家は「キャラ1の発言に対し、キャラ2が必ず反応する」という感じで書いてしまうんですが、リアルな会話ってぶっちゃけ「お互いが話したいことを言い合ってるだけ」ってことも多いじゃないですか。『冴えカノ』のこのエピソードでは、そうやって会話を噛み合せすぎないことで面白さを生み出しています。
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倫也「当たり前だ。地味キャラを舐めるなよ加藤。あれほど立ったキャラクターってのもなかなかないんだぞ?」
恵「えー……(引いた感じで)」
倫也「たとえば三編み! メガネ! そばかす! そんな地味で地味でしょうがない要素が積み重なっていけば、それは人を惹き付ける魅力になるんだ。キャラクターが立つんだよ。加藤、お前にそんな一度見たら忘れられない特徴があるとでも言うのか? ないじゃん! 全然ないじゃん! お前最初からそこそこかわいいじゃん。ギャップとかなんもないじゃん。それで無個性とか、もうどうしたらいいんだよ!」
恵「えっともう一個いいかな?」
倫也「なんだよ」
恵「そこまで言われる筋合いはないってのはさておき、私が無個性で安芸くんが困ることがあるの?」
倫也「困るよ、超困る。加藤、お前は特別じゃなきゃダメなんだよ、キャラが立ってなきゃダメいけないんだよ!」
恵「それってどういう理由で?」
倫也「だってお前は、俺のメインヒロインになるはずの女の子だったんだから!」
恵「えっと……今私って告白されてる?」
倫也「え? 俺が加藤に告白? なんで?」
恵「だよね。今の安芸くん、私と話しかけてても、どこか遠くを見ているような感じだったし」
倫也「遠いのは距離じゃなく次元なんだよ……加藤、俺の創作意欲を返せ」
恵「ごめん。いくらなんでもその流れは理解できない」
倫也「俺の嫁を! いや、俺の夢を返してくれよ!」
恵「それはともかく安芸くん」
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「最初からそこそこかわいいじゃん」というセリフがとても良いのはもはや説明する必要もないと思いまし、他も全体的にめちゃくちゃいいんですが、ここでは倫也が決めセリフ的に言う「俺の嫁を! いや、俺の夢を返してくれよ!」という言葉に注目したいです。
このセリフの良さは「not A but B構文」と「韻踏み」というふたつのテクニックで良さを説明することができます。(筆者の独自ネーミングです)
「not A but B」構文は「前置きとなる常識的なAを否定した上で、予想外のBを提示することで、Bの重要性を際立たせる」というテクニックで、ある意味、サクッといい感じのセリフを作る、一番簡単な手法と言えます。
たとえば、西尾維新先生原作のマンガ『めだかボックス』の第1話では、1年生にして生徒会長になった黒神めだかを、幼馴染である人吉善吉がこう評します。
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「ありゃあ人の前に立つのに慣れてんじゃねーよ。人の上に立つのに慣れてんだ!」
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ただ「人の上に立つのに慣れてるんだ」と書くより、めだかちゃんの凄さが際立った印象になりますよね? 人の前に立つ、人の上に立つ、で韻を踏んでいるのもポイント。
現代ホスト界の帝王と言われるローランドも、この「not A but B」構文を使った名言をいくつも言っています。例えばわかりやすいのがこれ。
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「車を運転して右折するときは、ウィンカーじゃなくてオーラ出して曲がります」
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この構造を使った名言やセリフはじつはとても多いです。倫也の心の叫びを表現するのに使われてるのも納得ですね。これがもし「俺の夢を返してくれよ!」だけだと、案外普通なこと言うんだな~ってなってしまってそこまで面白さが出ないです。「俺の嫁を」と一枚噛ませてるからこその面白さ。
『めだかボックス』で説明しちゃった感ありますが、韻踏みも、ここぞと言うときに使われることが多いセリフのテクニックです。ガッキーこと新垣結衣さんが主演を務め、野木亜希子氏が脚本を担当、社会現象になった大ヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』でも、この韻を踏んでリズム感を出すテクニックが登場します。両家の顔合わせをすることになった第2話で、みくり(新垣さん)と平匡(星野源さん)が……
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「かもしましょう、新婚感!」
「出しましょう、親密感!」
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というところです。交際を経ず、契約結婚という世間的には謎なゴールインを果たしてしまったふたり。それゆえ新婚感、親密感がなく、親たちにバレてしまいそうになり、頑張って新婚感、親密感を出す……という流れでした。
これがもしも……
「かもしましょう、新婚感!」
「出しましょう、夫婦感!」
とかだったら、一気に口ずさみたくなくなりませんか?
例が長くなりましたが、倫也の「俺の嫁を! いや、俺の夢を返してくれよ!」というセリフは、彼のキャラクター、欲望を表現しつつ、ユーモアを込め、おまけに声に出して耳馴染みがいいという、何拍子も揃った、素晴らしいセリフになっています。
『冴えカノ』は基本的にずっとセリフ、会話が魅力的なんですが、筆者的にはこの1期第2話が秀逸だと感じています。このあと、詩羽先輩と英梨々が合流してからも秀逸なんですが、まあ長くなりすぎたのでこの辺で。
PS
劇場版「冴えない彼女の育てかた Fine」DVDは9月23日発売のようです。ラブコメ好きはみんな買いましょう。もちろん筆者も買います。
《宣伝》
長編の連載やってます。
『隠れて声優やってます。〜クラスの無口な女子の正体が超人気アイドル声優だと気付いてしまった俺の末路〜』
というタイトルです。
長編なんか読んでる暇ねえ! という方には、作風を知れる用に短編のご用意もございます。
『三度目のエッチの後、彼女の腕にハンコ注射の痕があることに気付いた。』
読んでもらえると嬉しいです。